第19話
ひとしきり逢馬を誉めて満足した竹林庵が綿紐の出てきた点を中央に石網を置いた。
空いた両手で刀印を結び、左右で異なる属性が指先に宿る。
右足では、さきほど逢馬が放ったガラス片をふみ。
「ぬお、しまった。準備しとらん」
逢馬を振りかえると、
「逢馬、吸引を使うんじゃった。大理石をだしてくれ」
手順を抜かった竹林庵を苦笑いで迎えた逢馬はポーチに手をいれ、胡麻が混ざった団子を取り出す。
もちろん、三時ではなく球体の大理石である。
「つか、その水晶だって俺が予備で出したやつだろ」
親指の爪ほどの大理石を地面に転がし、自分の足を一歩動かす。
そこにできた三角の穴へ、大理石球を弾いていれた。
「どういたしまして」
「そんなことより、ワシはおぬしに陰陽寮が極秘扱いしとる術具をふたつも見せとる」
さきに返答を出した逢馬に竹林庵が重ねて催促する。
「礼はいらんぞ」
「クソ爺が」
「で?」
ニヤニヤ笑っている。
「ご指導!ありがとうございます!」
秘術を見せてもらったのは真であるので感謝はする。
裏口たる対処法の確認をさせるのは陰陽寮では研修の基本形態だが、それを実地体験で、となると中々に無い。
滅多にない機会であったがゆえに有り難いのは確かだが、言い負かされての感謝だ。しかも研修生にフォローまでさせて。
素直に感謝できない。いや、したくない。
ところで、属性術式の発現を肉眼で確認することは難しい。
感謝もしたし、折角なのでしっかりと見せてもらおう。
「ちょっと待った」
そう言った逢馬はまたしてもポーチからモノを取り出す。
手にあるのは試験管だ。
中には針が入っている。
金に輝く少し太めの縫い針にも似ている。だがその両端が鋭く尖っていることが人工物でないことを窺わせる。
試験管の蓋になっているコルクを取り外し、ていねいに一本とりだすと蓋を閉めて残りをポーチに戻した。
「ルチルの純鉱石は貴重品じゃろ。此処で使うてよいのか」
「今じゃなきゃいつ使うんだよ」
言い返しつつ逢馬は左目を閉じる。ふたつ、深呼吸してまぶたを上げるとその眼球は黄な一色に色づく。
ふう。
ひと呼吸おいて金の針を左目に刺した。
逢馬は苦痛を感じているふうではない。
金針が刺さっているのは先端のみだったが、ずっ、ずずっと少しづつ眼球に吸い込まれていく。
十数えるまでに針はすべて目に入り、眼は白に濃茶の黒目に戻った。が、すぐに黒目から色が抜ける。
逢馬の黒目はいまや金へと変色した。
「おお~、よく見える」
逢馬の目には竹林庵の右足から右手へと透き通った道が通り、手に巻き付く。左足から左手へも道が通り、此方は回りの景色が吸い込まれているように見える。
竹林庵は右手の刀印を解き、石網の中央へと置いた。
すると、今まで揺らいでいた力の道がきゅっと定まり綿紐に絡みついて引っ張り始めた。
幾度か引っ張ると、とある長さまで紐が引き上げられると其処で止まりそれ以上に引き上げられなくなってしまった。
「止まったな」
「これも防衛策の一環じゃ。これ以上引き上げたければ重の属性を使わねばならん。御影石で底上げして属性を引に引き上げた上で。の」
逢馬の質問に竹林庵が答え、左手に巻き付いている小指ほどの太さをした透明な管が中で乱反射をし始める。
そこで竹林庵が左手を右手の横に添えた。
そうすると左手首までは一本だった透明な管の先が五本に別たれ、地中に入った。
5~60cmほど分け入ったところで管はそれ以上進むのをやめ、今度は指の股から一本づつ5本の管が出でて地中に入る。
先の管と今の管が、合わせて10本。それらで細い円筒を、鳥かごのようなものを形成した。
あとはその管が、土ごと罠の物体を引き上げている。
最初は綿で編まれた太めの紐が引き上げられ、その下には紐が固く太く編み上げられた注連縄が、さらには引き上げられ盛り上がった地面のその下に。
割れた大地からは赤茶色の土人形が出てきた。
顔の造形は乏しく目が二つ、口が一つと合わせて三つの穴が空くのみである。服や呪術の技に相当する装飾、刻印はその一切が見受けられない。
が、腕は二臂四本が象どられ二本からは太い綿縄が生え、二本の掌中央には透明度の高い珠が鎮座していた。
綿の糸が縒られ紐が合わさり綱と成っていることが見てとれるが、発生点から数センチで別たれた二本の綱が一本の縄に、そして全ての紐に繋がっているのが分かる。
珠は小さな埴輪のてのひらに相応の大きさだ。
直径は5cmほどであろうか。水晶にも泡のない氷にも見えるが一切の混じりがなく、ただ空中そのものが珠の形になるように領域を分けられているようにすら思える。
埴輪の目を竹林庵が見つめ、目を逸らした埴輪が逢馬を見る。
「さっきの術式で確認したが攻勢の術式に認識と標準もやらせてるのは大分技量高いよな」
「じゃろ。であるから壊すなと言うたのじゃ」
本来、標準を定める術式は行使に含まれる。だがこの埴輪術具は標準を攻勢に担わせていた。つまり術式行使にあたって予想される妨害を防ぎ、攻勢にも干渉して標準をより確実で強固なものにしているのだ。
その術式陣の使い方は、日本国で知られ渡っているどの術式にも見られぬものだ。
「東欧や西洋の魔術に由来するものじゃ。中世の混迷で信仰と科学によって本来絶えゆくはずじゃったものを拾い上げ、秘匿していた術式で構成しておる」
「魔女狩りか」
「左様。あれで西洋の魔術はいちど、絶えたに等しい」
キリスト教の異端審問が為した大罪として名高い魔女裁判だが現代では様々な古文書が出土研究されており、いちおうは当時の教皇アレクサンデル4世が”異端審問官が審問を為すのは該当者が明らかな占術や呪術が行使したときのみに限る”という触れを出している。
しかし、そこには呪術や占いの善悪は問われていない。
そして、異端審問間の一人が[魔女に下す鉄槌]などという迫害本を出版して禁書になっていない以上、先の宣言が建前に過ぎないことを表している。
いずれにせよ、迫害され絶滅に直面した欧州魔術界から希少な秘伝魔術を拾い上げ、日本まで伝えた人物や組織がある。
それは証拠を掴ませないためにも口伝えで為されたことだろう。
口伝えの情報を紙に起こし、実際に使えるまでに洗練させる。
気が遠くなるような作業だ。
だが、それは為さねばならないことだ。
行わずに埋もれさせることは作り上げた魔術の先人と魔術を伝えてきた職人たち、ハイエナのような追跡者と処刑人から逃げおおせた伝導者や、その後援者の行動を無へと帰させないために。
「口伝の奇跡を成したのは誰だ?会ったら礼の一つでも言わなきゃな」
迫害されたであろう過去の先輩たちを一時忘れ、現代に気持ちを切り替えた逢馬が軽く口を開く。
何者であれ、技術を失うことにはならなかった。
魔術の偉大なる先人が確かにいたのだ。それを今日に証明し人界に多大な貢献を行い続ける先行者。
彼らと我らを繋げてくれたものたちにも感謝をするべきだ。
そう考え投げ掛けた逢馬に、掛けられた竹林庵は渋い顔を見せた。
「感謝は先人のみにして、伝導者には言わんでええわい。持って帰ったのは天狗じゃ。誰とまではわからぬがな。本来、上位であるはずの魔法使いが一方的に狩られるのは珍しいっちゅうてな。魔女狩りが最盛だった時代に、既に成っておった天狗どものほとんどが魔女狩りに参加しよった」
伝導者は意外にして想像の埒外の存在だった。
しかも追跡者であったようだ。
「通称が魔女狩りなだけで要は怪しげな術やら技術を使う者を迫害して殺し尽くすのが目的のイベントだろ。存在自体が魔術で出来てるヤツが行って何しようってんだ」
「興味じゃな。面白いっちゅうて皆、海を渡っていったわい」
「なんならあいつらこそ、悪魔だな」
一気に気持ちが落ち込んだ。
せっかくしようと思っていた感謝もどこかへ消え失せた。
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