第17話
もう一枚の形代たる札が根本に埋まる大木もこの伝馬に古くから存り、土壇場が在る目印になって来た。
処断の日は本来、当日まで本人に知らされないが永の年月を牢で過ごした古参の、若しくは過ごすあいだに人望を集めた罪人は前もって伝えられ遺族になる者にも猶予が与えられる。
この場合の猶予とは処断の延期ではなく鐘撞きにあわせて自宅などで経を上げ、死に際した供養を行う準備に対する猶予である。
喚ばれてきた仏僧は伝馬の土壇場に在る巨木を目印に向きを正し、鐘撞きと共に経を唱える。
公園に侵入せし不埒者を迎撃する形代は、ここに凡そ350年存った二つが持つ想いを推し量り設置された。
「ここに置かれた形代は何の作用で動いて、何の行使なんだ?」
「作用、行使ではおさまらん。攻撃と形代への防護は別属性じゃ」
「属性3つか。ずいぶん厳重だな」
「たしかに普通は攻防の属性は一つ。じゃがここに眠るものどもは間違っても起きてもろうてはこまる」
「じゃあ、遺物消しとけばいいのに。迎撃罠仕掛けてまで防衛する意味あんのか」
「とかく。ここのさむらいは攻撃的じゃ。何らかの侵略者が来たれば覚醒を促し尖兵とする。そのために残しておる」
攻撃的な警固役だと竹林庵が述べた。
聞いている逢馬が足元をみて思案している。
顎に手をやり、右足を動かす。靴で砂を集め踵で踏んでを幾度か繰り返した。
竹林庵はそんな逢馬を寂しげに見遣った。
「死んだ者を文字通り死兵として送り込む、外法じゃ。・・・、陰陽師に幻滅したか?」
「いや、そんなことはない」
竹林庵に目を向けた逢馬は真面目顔だったが、その目元は鋭い。
「陰陽寮で封印して警戒もしている。ということはけっこう強力なヤツも眠ってるか?」
「まあ、人数も多い」
「数も力の内、というからな。だが俺が聞きたいのはそっちじゃない。今、分かってて話ズらしたよな?」
逢馬の前で微笑む翁が、軽く肩を竦める。
「惑わしも効かんのう」
「俺に憶測と時刻の行は下策だぞ」
逢馬が掲げる手が拳を作る。人指し指と中指が立っていて色づき発光する。
光がちらちらと揺れる。二指の爪の中央が白い光を細かく乱反射していた。
「掛かかんねえことはないが、あとで俺が測定行すれば引っ掛かるぞ」
「おぬしの、逢馬の血族は面倒じゃの」
「ここの攻撃対象に起き上がった罪人どもがふくまれてるな?」
確りと発言した逢馬に竹林庵は返事をしない。
「沈黙は肯定と見るぞ」
「分かっとろうが。返事せぬとて肯定じゃ」
「攻勢術式の対象が外敵だけじゃないとはな。通りで。害意ある者のみを敵性判定できないハズだ」
術式で眠りから覚醒した戦士たちが術者に害意を持つことが前提にあり、そこを考慮すれば味方候補の勢力は、方法が何であれ”説得が成るまで”の期限付きで全員敵として考えられている。
そういうことだ。
竹林庵の顔は少し複雑そうだ。
「ここには外国の打ち払いを信条とした攘夷志士も多く眠る」
「維新後に明治政府が捨て駒として処断せし者たちだな」
「さよう。せっかく起こした剣士たちの意識を縛り付けて人形にすることは気が引ける。じゃが時代が過ぎるにつれ、そうせざるをえぬ」
話しつつも竹林庵の右手指では刀を表し、もう一方の手は親指と小指をたてて軽く曲げる。パッと見、電話のジェスチャーにしかみえない。
左手で作り、弧を描く指先からは光が延びる。少し暗めの銀色だ。
集中を必要とするのか竹林庵の指先で延びる光は動きが遅い。
「今の現代に目覚めれば東京は瞬く間に死体で山が築かれよう。矛先は外国人に止まらぬ」
「当時の攘夷、天誅から推測するに仲良くしてる日本人も粛清対象に入っちまう。つか、和装も髷も今じゃ見ねえからな」
「斬られんで済むのは力士くらいかの」
攘夷志士への対策が甘かった場合はどうなるか。予想される惨状を想像しながら逢馬と竹林庵が話し合う。
竹林庵の編み上げる術式は次段階へと移行した。親指と小指から出ている光が繋がり、半月を描く。
刀印を結ぶ指は先を曲げ、銀暗色の光にかかる。
光が物質に変化していたようで、手で象ったミニ弓の弦を引く。色からの予想に違わずキリキリという金属音とギシリという鉄糸が引かれる鈍い音が聞こえる。
幾度か、引いては静かに戻し。引いては戻した。
矢を番えるわけでもなく。
「鳴らさないのか」
逢馬が尋ねる。
「音色をきけば耐性がつく。ぶっつけが一番効力高いんじゃよ」
「地面の下の形代にきこえるのか」
二人の会話から推察するに、矢は番えず弓弦の音を使うようだ。
「ここのが貴重なのは付与属性が多いだけではない。攻撃力と警戒範囲が高く、耐久を低く作ってあるせいで他のは壊れてしもうとる。このタイプはあと二体が残るのみなんじゃ」
「あと二体しかないんか。で、それはどこ配置だ」
「十思公園の件は関係ないでな。そちらは教えられぬよ」
逢馬は笑う。
「さすがに流されてはくれないか」
竹林庵は口の端を歪めた。
「踵が熱い。おぬしも惑わしか?」
「竹林庵が一瞬、何を俺に言ったらダメなのか分かんなくなれば。ってな」
逢馬が右足を一歩動かせば踵の下から三角形が出てきた。砂で出来たそれは靴で触っても崩れない。
「竹林さんのは中々貫けねぇよなあ。一応、悪意も害意も込めてねぇんだが」
「その程度では誤魔化されんぞ」
刀印を結んだままであるため少々太い指をチッチッとふった。
「大体が、ワシだって先にかけたおぬしへの惑わしに敵意なぞ込めておらんわい。爪の先ほども、の」
キィーーン
高く細く音がした。
逢馬と竹林庵で見れば竹林庵が右手に保持するミニ弓の弦がキュゥと細くなる。
「イカン。切れては意味がない。早々に破るとしよう」
竹林庵の申し出に逢馬は頷き、肩を回した。
すっ。 ふっ。
鋭く吸った逢馬と竹林庵は強く息を吐く。
「ここまでだ。他は特にないな?」
「もう、ないわい」
「役割は。どう分担する」
「ハッキングの、裏口開けるのはワシがやる。それ以上は未だ見せれぬゆえ、おぬしは守ってくれ」
「わかった」
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