第13話
「濡烏かぁ」
岳多が呻く。
彼女は使役鬼として田螺蛇を使う。
彼女の幼馴染みでもあるその個体は種族特有の剛力と呪いを遣う。
自然により親しい存在として、属性術式を扱う妖の類いは敵対すれば厄介だ。
それを身に染みて感じている岳多ならではの嘆きだろう。
元の種族が何であれ妖怪として成り立っている以上、一般的な人種族とは隔絶された実力を持つようになる。
加えて。
天狗は扱える属性の種類が妖筆頭の龍に次いで特に豊富だ。
基礎五行もさることながら、それらが混ざった状態の混合属性も個体によっては自在に扱う。
自然と身に付くだけの環境が彼らの縄張りに在るからだ。
「と。講義してたら最近の天狗にばっかり焦点あわせてたな」
「古い方の心配か?キリ無いぞい」
「そんなに昔から居るんですか?」
逢馬の心配に竹林庵が応対し道野が疑問をはさむ。
「そりゃ妖怪だからな。最近の怪談に天狗なんて出てこないだろ」
逢馬が言うと道野が頬をふくらませた。
「それくらい分かってますよっ。竹林さんが今ゆった、キリがないってトコのことです!」
「天狗としてカウントできる、ってか天狗として有名なやつらのうち200人くらいは人族由来でかつ力の強いヤツだ。さっきの竹林爺さんの話聞いてりゃわかるだろうけど、限りなく善意の宗教である仏教が来てから数が増えたって聞いてる」
「昔はもっと生き死にに切実じゃから簡単には絶望の域に達しなかった。が仏教。あれは救いを見出だし希望を与えるのが主眼じゃでな。」
「さっきのお医者さんと一緒だ。希望が絶たれ救われない。一度念仏唱えてお参りした程度じゃ残念がるぐらいだが本職が実害あったらどうなる。信仰を越えて信奉したのに報われないとなれば余計、思いは募るだろ。自分は救われないのかってな」
逢馬の口調は軽いが顔は沈重だ。
「そうだな、例えば住んでる村に盗賊が来たとしよう。村は焼かれ老人が殺され、反抗する気がありそうな男も殺されるだろう、子供も運ぶ手段があれば死なぬだろうが賊に車が無ければ待っているのは死のみ。女性は慰みものにされるだろうし、戦闘の最中か直後あたりなら村の広場あたりで家族たちの処分と女たちとの行為は同時進行だろう」
眼を閉じ息を吐きながら、溜め息とともに静かに説明する。
まるで実際見てきたかのように。その様を思い出すかのように景色を口に出す。
口は真一文、眉間に皺よせ押さえて話す。
僅かにみえた瞳孔から噴き上がる怒りと憎しみがはっきりと見えた。
いつも飄々としている逢馬なら見せない色だ。
「そして肝心なときに天からの助けは、援軍はない」
「それは。。。」
道野の視線が下がり、余所を向く。
そんな経験のない道野には返答ができない。
軽々しい相槌も打てないだろう。
「そこまで深刻な顔はしなくていい」
逢馬の言葉に自然と落ちていた視線や顔があがる。
道野は深呼吸をひとつ、した。
いつの間にやら呼吸も忘れていたようだ。
空気があまい。
「過去のことだ。当事者でもない俺たちが介入する必要も義務もない。だが術式をもたない普通種が天狗に限らず妖に変化するにはそれなりの理由がある。まぁ中には乱暴で力自慢ってのが昇化条件の種族もあるけどな」
「そこまで被害にあって中庸にまで立ち返れるのですか」
「別に生きる目的を持てとはいってないだろ」
「そうじゃの」
相槌を打ったのは竹林庵だ。
「中庸の内容、概要じゃが善と悪など世俗の決まりや動きに対して興味や関心が無いならそれでよい。無気力では地力が上がらぬゆえ鍛練は続けねばならんが他者との関わりが稀薄であり、それらの帰結に興味ナシとなれば。それはほぼ中庸といえるじゃろ」
「そこまでを経験した坊さんが復讐を誓って成し遂げるか、諦めて脱け殻になって、悪逆を重ねて善に立ち返って、悪と善の境があいまいになった頃に人知を越えた力を持ってりゃ、昇化する」
「復讐への執着を捨てるのは難しそうですけど。もとが文官タイプだと諦めコースが多いみたいだよ。荒法師タイプだと仇を討って成就したあと無関心になっても条件を達成したうちに入るみたいではあるから。以外と条件自体は緩くて。ただ、善も悪も許容できる人はまあまあ居るけど、両方同時に真剣になれる人はそうそう居ないから」
善悪中庸論を芒野が〆る。
逢馬が道野へはあらためて確認した。
「人が成るときは180歳ってのは納得したか」
「たしかにこれは時間がかかりますね」
「で、古い天狗にはなし戻すが」
「それもそうなのですが」
こんどは芒野だ。
「どうした」
「人族由来の天狗が日本に仏教が来てから増えたのは分かりました。他由来の天狗については考えなくていいのですか。鎌鼬なんかの竜巻天狗や颪天狗が最も地力実力が最も高く警戒すべきだと思います。もう人天狗に意見が固まっていて他への警戒が薄いようにも感じます。現に鳥天狗の濡烏が監視要員に駆り出されています」
芒野が提言したのは敵術者に協力する天狗が人由来であると断言し、それ以外が由来の天狗への可能性を排除した逢馬・岳多・竹林庵への疑問と疑惑である。
相手は呼吸と術式行使を同列に扱える妖である。
今の状況がすでに彼らの術中にあって幻のなか、ということも否定しきれない。
だが、逢馬と岳多から返ってきた答えは実に明確で事実と彼らの変えきれない思考体質に由来していた。
「さっきの警察が持ってた証拠の隠滅が答えだ。実力派の自然天狗は証拠を重視していない。鳥の記憶力なんて怖くて頼れたものじゃないし風は気の向くまま風の吹くままだ。故に証拠の重要性は考えてないだろう。証拠が文書の類いじゃなくてドライブ管理されてる映像データってのも考慮できる。現実に触ることができなくて在ると実感できないものを認識して警戒するのは人種ならではだ」
「そうね。風と鳥たちの基本方針は怪しきは滅せよ。というところでしょう。本気で妨害するつもりなら今回の担当警官の方々は今ごろ消し炭で記憶操作も終わってるわよ。例え証拠の隠滅をしたとしてハードごと塵にとか物質の存在固定を逆転させるくらいかしら。接触証拠を残さずにデータ改竄なんて面倒な真似はしないとおもうわよ」
「ま。そんな訳であれは人天狗だ」
「理解できました。納得です」
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