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「愛果ァ!抑えろ!」
ブウゥゥンン!
太い風鳴り音を経てて迫った太刀が武者の両足を膝から両断した。
「七星封印!」
握った諸手で四角を作り、更に三角を重ねる。
「逢馬さん、掛かりました!」
ふぅ、一息付いた升丹が凄んだ。
「悪かったな、これで何もできまい!」
武者の兜が上向き、翁を模した面頬が露になる。
「仲間が居れば強気じゃな、翠の式神」
喋った。
声から察するに四十半ば。
戦闘や使い勝手を優先させるために、必要ない音声機能は真っ先に削るのが定石だが。
この武者の術者は違うらしい。
ちらりと逢馬を見て升丹が応じた。
「お主、音が出せるのか」
何やらと応じてなにがしかの情報を得ようとしているらしい。
流石は偵察斥候の専門家だ。
「応。拳の争いに言乃葉は余計。じゃが、遂には引っかけられた。最後の槍はお仲間か。魏晋の兵法なれば、なんと言ったか」
「八計だ。暗渡陳倉、俺の攻勢術式と見せかけて暗かに仲間の縛印を繋げたとこがミソだな」
自分よりも技能の高い武者に誉められて調子に乗っている。
嬉しい気持ちが全面に出ている升丹を見て逢馬がぼやく。
「どっちが情報採ってんのか判りゃしねえ」
聞いていた愛果もそう思ったのか、
「升丹さん、兵法自慢はそんなとこで」
徹と道野に向けていた顎を武者へしゃくる。
「へいへい、馬車馬のように働きますよ~」
二人が武者に絡めた綱を引っ張る。
武者が機嫌の良さそうな声で一行に向けて声をあげる。
「まあ待て。さっきこれで撤収とかいってたが術者たる俺自身を探さなくていいのか。この搭には地下もあるのだぞ」
逢馬は口端で笑って応じる。
「まあ、そう思ってたが今のあんたの言で確信が持てた。ここには術者たるあんたは居ないな。升丹さんもさっき言っていたが妨害式の中では比べられぬくらい人形操りの精度が下がる。どうやったのかは定かでないが妨害式を潜り抜ける術があるならば外からの方が己の身体そのものの動きができる」
逢馬の丁寧な説明を聞いていた武者が頷く。
「なるほどな。」
そして、小声で呟いた。
(全く以て抜けている訳ではないのだな)
改めて升丹に向き直る。
「翠の式神。ちと尋ねたい」
「なんなり、とは言えんが。取り敢えず聞いてやる。なんだ」
「陰陽師の式鬼にはなって長いのか」
「これくらいはよいか。俺は陰陽師に創られた。かの八幡太郎や入道相国の血族とその麾下の者らが混ざっていると聞いている」
八幡太郎は源義時、入道相国は平清盛である。
武士の権力が上がり始めた特異点たる人物たち。
だが、武者の反応が薄い。
「ほーん」
これだけである。
むしろ、徹や道野が驚いていた。
「して、自我は。直ぐに出でた訳ではなかろう」
「平治の乱かのぅ。源義朝が頸打たれたと耳にした覚えがある」
「そうか、源氏の。」
首を傾げて思案に耽る武者を横目に逢馬は岳多にささやく。
「八幡太郎も源義朝も平清盛も反応が薄い。武芸の達者となれば知らん筈がない。術者はその前時代のものだ。警戒の度合を上げろ」
はたして、逢馬の予感が的中する。
「そのような物言いをわざわざするとなれば、その義朝とやらはその当代の源氏の御大か。じゃな?」
確認してくる武者に升丹が頷いてみせると
「そうよな。俺が尊顔を拝したのは満仲どのだ、分かるか。彼の方は御鷹の蔵人で在られた」
のんびりと昔話を始めたが中身の方は深刻だ。
源満仲も源氏の棟梁。しかも年代は更に遡及する。
おおよそだが、源平合戦のあった頃よりさらに百五〇年ほど昔だ。
例えて現代から遡るならば幕末、大政奉還のころか。
一気に緊迫する陰陽寮の面々を余所に武者が升丹に再び尋ねる。
「先程も仰したが三十六計などもご存じとなれば戦国の世なぞも勉学に励まれたと見える。そこで貴殿にお尋ねしたい。苦肉の策についてだ」
急な話題変更に岳多も升丹も逢馬すらも頭上に疑問符を載せる。
逢馬は眉間に皺寄せる。
岳多が聞こうとするも升丹の返事で気が逸れた。
「苦肉の策がどうした」
「俺の頃からも様々解釈があってな。」
急に歴史と日本国語の座学か。
それがどうした、と升丹が顎をしゃくり。
「創られた式鬼なれば意識自我は途切れぬな。解釈の意見を伺いたい」
升丹が逢馬を見遣る。
逢馬が頷いた。肯定の意味だ。
何がヒントに出来るか分からない現状では
「土壇場の。苦し紛れの下策。の、意味で使っておる」
「左様か」
意図が掴みきれない。
眼前の武者は身体の動きを押さえつけられ、術式の発動をも阻害されている。
この時間稼ぎは何だ。
「いやな、俺も日本国の戦乱は経験した。あの頃は各地様々な実力者が世に出でた。同年代の英雄があれほど多い国時代はもう無かろう」
浮かされている?
「なにいってんだ?おまえ」
「いやなに。三十六計は便利な言い回しだが意味は使うものの時代によって変化するのだ、と思ったまで」
何だそりゃ。
「言葉は変化するものだろう。あんたの居た時代が旧いってんなら寮に帰って辞書引くまでだ」
それに。
「寄り代といえど、ここに存在する武者人形はあんたの意識下にある。我ら陰陽寮が口を割れないとでも思ったか?」
下を向いて黙りこくっていた武者が上を向く。
「やっと許可が出た」
武者の物言いに升丹が疑問を呈する。
「誰の、何の許可だ。ここには誰もおらんぞ」
「察しが悪いの。俺の本体は別にあるのだ、側に控えるものからもう引いてよいと聞いたまで。お主らは気の毒じゃがな、俺は撤退させてもらうぞ」
岳多がついと喋る。
「何処からだ!この塔は封鎖していると言っただろう!」
武者は答えず、空気で嗤った。
「黒縄」
縄で縛られ膝を付く武者の体表を改めて鎖が伝い縛り上げる。
鎖は黒く、揺れている。
まるで陽炎の、逃げ水のように焦点を合わさせない。
「退避!」
逢馬の焦った声に本能で従った陰陽師たち。
「なぜ発動できる!」
「発動は先ほどの俺が声挙げる直ぐ前だ。縛印は発動を阻害するが既に発動したものを取り消す効力を持っている訳ではない」
逢馬の問いに武者が穏やかに、かつ丁寧に答える。
「そんな訳で、塵も残さず俺は消える。陰陽師ども、上役に損耗あれど成果なしと伝えとけ」
「いや、土金の行に精通し、体術の達人が黒縄まで使えると報告する」
「そうか。ではまた、会ったときは良しなに、な」
鎖の縁を鮮紅が走り武者がひび割れる。
芯から砕けた欠片が床に落ち、落ちた端から砂になる。
その砂さえも燃えつき消えた。
升丹が鯨間徹を見遣る。
「さっきの。源満仲だってよ。どうだった」
「確認はしました。あの言に悪意は無いっぽいッス」
「じゃあ、嘘じゃねえってか」
升丹が空を仰ぎ見る。
「俺の年上で?平安京出身の術者かぁ、、。」
先行きは暗い。
「あの武者は陰陽術の最盛期頃の出身ってことだな」
平安京。
それは侍どもが権力を持つようになる前時代。
鎌倉幕府以前、日本國に存在した都。
雅と怨が同じ濃度で混在し、
皇家と公家と宗教が権力を奪いあい
鎬を削っていた時代。
陰陽術と五行、人と妖し怪しきが
最も親密であった時代。
正月騒動、これにて幕。
あとは報告回。




