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逢馬ヶ刻〜陰陽師奮闘譚  作者: 静ヶ崎 顯
術師翻弄
10/44

9

 

名田は全ての杭を砕いた。

払っただけでは跳ねて後ろに影響があるかもしれない。

そう考えると壊さないという選択肢は取れなかった。  

 左手で左腰を通る杭を払い、そのまま右胸に刺さる軌道の杭も打ち払う。

 顔の左を通り抜ける杭を追いかけて右手でつかみ、握り砕く。 


組頭(かしら)ぁ!俺が押さえ込めてられる間に綴の爺さんを助けて、、」


 振るった腕が交差した。

 動きの止まった腋を一本の杭が通りぬける。

 痛みはなかったが苦痛に喘ぐ声がした。

 名田自身のものではない、啼き声が。


「野槌!」


 驚愕の顔で名田が固まる。

固まったのは表情ではない。

 名田の苔むした巌の体。土塊(つちくれ)に似た巖の身体はいまや、その左の腋から光沢が表れ、全身に広がった。

 その光沢はかすった杭に酷似して。

 瞬く間に名田の全身が黒く染まった。

 名田はそのまま動かなくなり、総身鉄の彫像に姿を換えた。


「名田ァ!」


 懇願するような声を出した逢馬の前でモニュメントから放出される杭が姿をさらに変化させる。

 あれほど放った杭の放出を止め、残っていた術力が一本の矢に集束した。

 蒼い結晶が混ざる(かわ)いた土塊(つちくれ)の矢が一本。

 土で出来た脆くも見える頼りない矢が金属の彫像と化した名田の胸を軽々貫通した。

 その背から突きだした先端の蒼い結晶に向かって背後の稲妻が吸い込まれる。


 名田の形をした彫像の胸元にヒビが入った。

 ヒビは少しずつ放射状に広がり、さらに細かなヒビに覆われた部位から砂になって辺りに散った。

 驚愕した逢馬が息を一つ吐く前に名田だったものは影も形もなくなった。


 綴に雷のやけどを負わせ、名田を消し去った黒雲が晴れた。

 全身に火傷を負って崩れ落ちる綴を逢馬と升丹で診察した。

 よほど、罠の作成を成した術師が高位だったのか最後に残っていた天狗の羽根が綴の握った拳のなかで焼け焦げていた。 


 逢馬はくやしさに震える声で升丹に言った。


「火傷は風か何かに移すつもりでしたがこれでは難しいでしょう。この先は俺だけで行きます。升丹さんは綴さんを観てて下さい。あとから二番組が来たら案内を、、」


 指示を言いかけて声を止めた。

 誰も居なかった前方から鉄鎖のじゃらじゃらとした金属音が響いてきた。

 聞こえ難いが足音もする。

 逢馬の指示を頷きながら聞いていた升丹も眼窩を見開き息をのむ。

 逢馬と升丹は見開いた眼を合わせ、音のする方に顔を向けた。

 逢馬の目の前には先ほどまで杭を放った土達磨しか無いはずだった。

 しかし今や土達磨は崩れ、中から鎧を纏った武者があらわれる。


「ウソだろ、、、」


 逢馬の声が(かす)れた。


 鎧武者は見るからに戦に慣れた悪党の出で立ちである。

 兜に面頬、腹巻に臑当(すねあて)

 兜は星こそ無いものの前立は(やまいぬ)を象どり、ツリ目と犬歯が目立つ。頬当は(おきな)の総面、髭付きである。しかも笑い顔。

 荒武者よろしく背中袷の腰巻に小札は金交(かなま)ぜの実戦装い。臑当は桃型で鎬が入り脇を印伝でくるんでいた。

 全身を平安鎌倉期の鎧に包み、相貌を隠した総面頬だけが時代に合わず異装である。


 当初は無手だったが歩いて此方に寄り、距離が近づくにつれて籠手をした拳に暗器が出現した。

 籠手の先、掌の中に鋭い鉤が、逆の手には一方が長い独鈷杵を持ち、接近戦の様相だ。


 独鈷杵は仏教の、特に密教とされる教えで使われる呪具で形は指三本分だけ有る柄の上下の先に諸刃の剣が付く。


 本来の用途は退魔や結界破壊であり、陰陽寮もその用途で使うことが非常に多い。しかし日本では戦国と呼ばれた乱世の頃によく流行って携行された。懐に入れて携帯できるその小道具は持っているだけで所持者の信心深さを象徴できた。翻って主な遣い道は旅道中の護身と速やかにして確実な暗殺である。


 術者本人が不在の捨石たる土人形が護身を重視する鎧姿や装備を遣うことは稀である。

 従来通りであれば痛みも流血もない人形は傷を気にせず大がかりな術式を行うか、戦闘を重視するならば(くさび)たる結晶の在る急所のみを隠した軽装鎧に威力の高い斧、長刀(なぎなた)や金棒を顕現させ所持させるのが常である。


 しかし逢馬、升丹両人の眼前に立ち塞がる人形(ひとがた)は護身の接近戦に用いたる暗器のみ。


「敵さん武具が暗器だけだ。こりゃ相当、自分の兵法(ひょうほう)に自信があんだな」


 逢馬の寸評は正しく、頬当の奥に見る無言のマネキン顔が拳と同じほどの長さしかない凶器を持った姿は相対者の息の根を止める絶対の自信に満ち溢れていた。


「文坊」


 こそりと、升丹が囁いた。


「俺が止める。微妙に焼け残ってる羽根で綴坊(つづぼう)を下に下ろせ。血を(よすが)とすれば徹坊の元に移動するだろう。そこまで終われば俺を援護するフリだ。戦闘しつつ、隙見て横を通り抜けろ。岳多組の到着までは持ちこたえよう」


 提案する升丹は声からして渋めである。

 だいぶ厳しいようだ。


「俺は偵察専門だからな、三十分の全力戦闘が限界だ。明日から一週間は顕現出来んな」

「いつも思うが、その燃費が(わり)ぃのはどうにか為んないのか」

「ムリだな。実体が無いモノに仮初めの肉体を着せとるんだ。これ以上の苦情は俺の使役者に言ってくれ」

「上官じゃねぇか。それこそムリだわ」


 軽口で緊張をほぐしつつ、逢馬は使う移送の術式を頭で確認し升丹も変化した。

 眼窩の灯火が勢いを増し逢馬の背格好と同程度の翠炎を生み出す。

 翠の火柱が人形(ひとがた)を成し大鎧の武者となった。

 鉢に星がつき(しころ)(くわ)をつけた兜。栴檀(せんだん)鳩尾(きゅうび)の板を腋に備え六枚の草摺(くさずり)の胴丸鎧。逆板(さかいた)を背に当て、佩楯(はいだて)大袖(おおそで)も装備している。

 徒立ち武者として正統派の鎧だ。

 武具は太刀を佩き、腰刀を用意する。

 さらに長刀を右手に携えた升丹は仁王立ちの様相を魅せた。

 

 升丹の変化を待って悪党も軽く飛び跳ね、ステップを踏んだ。


「待たせた」


 升丹からの掛け声に軽く顎をあげ、猛進してきた。


 ガツッ!


 (まさ)に岩同士がぶつかる音がして升丹と悪党が押し合う。

 升丹は翠の刃を悪党の(くび)に、悪党も升丹がもつ長刀の柄を押さえ込んで刃を升丹に押し込む。


「・・今のうちだ」


 音を消した逢馬がこそりと動く。

 焼け焦げた綴を階下に移送するためだ。

 事情を軽く書いた短冊を綴のチョッキ正面に貼り付ける。

 次いで綴が感電した際、固く握りこんだ拳を()じ開け、最後に残っていた羽根を取り出した。

 右手で二本の指を立てて握り、立てた指を左手で包み込む。

 失敗らないように丁寧に。

 見つからないようにできるだけ急いで。


「空行・移送」


 もごもごと口の中で唱え左手の人差し指だけを伸ばし綴に触る。

 触れる直前、升丹が叫んだ。


「逢馬坊!送れ!」


 謂われるまでもなく逢馬は行を行使した。

 何もない空間に水面に作る滴の王冠が沸き立ち綴が飲み込まれる。

 沸き立った水面が鎮まる前に逢馬の背から黒錆(くろさび)の何かが綴を追いかけ水面に消えた。


「今のは」

「野郎が投げた小札(こざね)だ。綴坊に止めが入ってなきゃいいが」


ストックはここまで。

あとは出来次第、投稿します。


作中の錣、本当は革偏に毎と書きます。

環境文字だとかで出ませんでした…。


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