第12話 不審者
一緒に登下校をして、数日が経った。
「もうそろそろ梅雨だね」
空を見れば雨が降りそうな雲が幾重にも重なっている。
「そうですね」
心なしか片桐さんが落ち込んでいるようだったので、僕は無遠慮にも尋ねた。
「梅雨、嫌いなの?」
「嫌いっていうか……中学の時に付き纏いに合って、その時に急に襲われたんですよね。それが雨の日だったんです」
片桐さんが恐怖に駆られてか鞄を抱き締めた。
「襲われたって!大丈夫なの!?」
「大丈夫……じゃないですね、今でも雨の日は怖いです」
「じゃあ、これからは途中の別れ道で別れるんじゃなくて、片桐さんを最後まで家に送るね!」
僕が提案すると片桐さんは首を横に振った。
「えっ、いいですよ!立花先輩が遠回りになっちゃいます」
「そうじゃなくて、男として……僕として君を守りたいんだ」
真剣な思いだった。
通じたのか分からないけれど、片桐さんは緊張が解けたように微笑んだ。
「立花先輩……じゃあ、お願いしてもいいですか?腕を掴まれただけなんですけど、その時とても怖くて……」
「もちろんだよ!」
勢いよく胸を張って答えた。
そして梅雨がやってきた。
「毎日雨でうんざりするねぇ」
片桐さんは浮かない顔だ。
そりゃあ変質者がそこら辺に待ち伏せしているかもしれないって思うと怖いよね。
「大丈夫だよ、僕が守るから」
片桐さんを真っ直ぐ見つめて言う。
守りたい。
それは確かな僕の答えだから。
僕がそう言うと、片桐さんはまた微笑んでくれた。
僕がお守り代わりにあげた防犯ベルを大事そうに両手に持って登下校するのが日課になっている。
早くこんなものがなくても安心して道を歩けるようにしてあげたい。
そう考えた僕は、ひとつの特訓を進めていた。
僕たちが談笑しながら帰ると、途中電灯の切れた道がある。
本当は歩かせたくないんだけれど、この道を通らなきゃ片桐さんの家には帰れない。
雨雲がどんどん厚くなって薄暗くなっていく。
「早く行こう」
「はい」
その時、その電灯の影に人影が見えた僕は咄嗟に叫んだ。
「片桐さん!走って」
「えっ?あ、はい!」
さすがは短距離走で一年トップなだけある。
片桐さんは防犯ブザーを鳴らしながら自宅へ走って帰っていった。
電灯の影から現れたのは見るからに不審者だった。
「お前、生意気なんだよ。なんで彼女の近くに居られるんだよ」
「お前みたいな不審者から片桐さんを守るためだよ」
そう言いながら僕は制服のポケットに入れていたスマホを弄り110番をした。
「すみません、不審者と遭遇しました」
そう前置きをしてから、聞かれるままに住所と犯人の特徴を答えた。
「お前!守るなんて格好つけているだけで自分じゃ何もできないじゃないか!」
「うん、そうだね」
ようやく通話が終わり、警官のすぐ駆けつけますとの言葉を信じて時間稼ぎをした。
大丈夫。
今の僕ならとっておきの必殺技がある。
そうして、不審者と対峙した僕は、震える足を叱咤しながら向き合った。
「なんで片桐さんをつけ回すのさ」
「なんでって、あれだけの美少女だぜ?お近付きになりたいじゃねぇか。それがよぅ、ちょっと触っただけでムショ送りだぜ?ヒデー女だろう?」
下卑た笑いが彼女を貶めたようで腹が立った。
「お前だけは、絶対に許さないからな!」
「だから、お前みたいなへなちょこに何ができるんだよ」
差し出されたのはナイフだった。
こんなものが片桐さんの前に出されたらって思うと怒りで目の前が赤くなる。
震える足を真っ直ぐ立たせて、再度向き合う。
大丈夫。
一回きりの必殺技。
いざとなったらこれで倒せたら……いいなぁ。
そう覚悟して、不審者がナイフを持って突撃してくるのを、柔道の組み手で投げ飛ばし……はできなかったけれど、倒すことはできた。
「いったーーー!!!」
単なる初期の柔道技だけれど、今、体育で習っていてよかった。
授業中に先生から特別指導を受けていて良かった。
でも、先生ごめんなさい。
足に負担がかかるからやるなよって言われていたのにやってしまいました。
それはそれとして怪我した足がまためちゃくちゃ痛い。
倒した不審者は頭に手を当てながらすぐに立ち上がる。
「テメェ……」
殺意はもりもりだ!
僕はといえば、あまりの足の痛さにもう一歩も動かせない。
そこへ、警報音を鳴らしながら手の中に防犯ブザーを抱き締めたまま、片桐さんが戻ってきた。
「なんで戻ってくるの!?」
「事情を話して大人の人を連れてきました」
片桐さんの後ろを見れば、成人男性数名と、おたまを持ったおばさんがいた。
不審者は数の多さに慌てて逃げ出そうとしたら、その時ちょうどパトカーが反対側からやってきて道を封鎖してくれた。
「君が通報してくれた子かな?」
穏やかな警官の後ろでナイフを没収された不審者がなにか喚きながら連行されている。
「は、はい。そうです。ありがとうございました!」
「大丈夫?怪我はしていない?いや、もう包帯してあるけれど、悪化とかはしている?」
尋ねながら包帯をしてある足を触られて、また「痛いっ!」と叫んでしまった。
「怪我が悪化したのかな?犯人に何かした?」
「授業で習った柔道技を……全然格好良く倒せなかったんですけれど」
「危ないから、不審者に会ったら逃げるか大人の人を頼るか警察に連絡してね」
「……はい」
僕が大人しく頷くと、警官は立ち去ろうとした。
「あの」
それを片桐さんが呼び止める。
「立花先輩は何も悪くないんです。不審者に付き纏われていた私を助けようとして、だから……」
警官は犯人を見て片桐さんに向き合った。
「どうやら犯人には余罪がありそうだ。もしよければ君からも話を聞きたいんだけど、署まで来れるかな?」
片桐さんは僕を見遣る。
「ああ、大丈夫。彼は署の医務室で簡単だけれど処置をさせてもらうよ」
「それなら、行きます」
片桐さんは頷いた。
「兄ちゃん!格好良かったよ!」
「本当だぜ!片桐さん家の嬢ちゃんが血相変えて家に来た時はどうなるかと思ったけれど、そんなちっさいナリで不審者を倒すなんてなぁ!」
「でも、無理はしないでね。これからは大人の人を見つけて対処してもらいなさい」
やいのやいの言われて僕は段々気恥ずかしくなってきた。
「あの、もう行きましょう……」
「ははは、そうだね」
そうして、僕らは事情聴取のために警察署に向かうことになった。
パトカーに乗せられるなんて初めてで、とても緊張した。
ふと、隣に座った片桐さんと指が触れ合う。
片桐さんの方からぎゅっと握られた手は、少し痛いほどだった。
「私、先輩があいつに殺されるんじゃないかと思って怖くて仕方がありませんでした」
確かに、その手は震えていた。
僕が握り返すと少し安心したのか弛緩してきた。
「怖かったね」
「はい、とても」
僕は今回も格好いいところを見せられずに終わったけれど、片桐さんを守れて良かった。
ただ、警察署の医務室で骨折してるね、と言われて包帯を差し替えられて病院へ行くよう案内された時は怒った母の顔がちらついて離れなかった。
うぅ……。
不審者と対峙した時より怖いかも。
思った通り、警察署で事情聴取中に両親を呼ばれて散々怒られてまた骨折したかもって言ったらこれまでにもない雷が警察署に落ちた。
思わず警官と片桐さんが仲裁に入るほどだ。
片桐さんを見た両親……主に母は、息子が役に立たずに申し訳ありませんと頭を下げた。
危険な目に合わせて申し訳ありませんって。
僕もその通りなので、ごめんね、と言うと、片桐さんが首を横に振る。
「いえ、そんな、立花先輩にはかなり助けられましたし、その、とても格好良かったです」
えっ!?格好いいって言った?僕のこと。
本当に?
期待の瞳で片桐さんを見つめると、顔を真っ赤にして頷かれた。
「コホン。でも、危ないのは確かだからもうやめてね」
警官にそう言われて僕と片桐さんは赤くなって小さく「はい」って答えるのが精一杯だった。
「立花先輩、今日は本当にありがとうございました」
「ううん。余罪が色々出てきて数年は塀の中かもだって。少なくともこの数年は平和かな?」
「はい……。あと、さっき言ったことは本当ですよ。格好良かったです。立花先輩」
「……ありがとう」
なけなしのプライドが満足されて、急激に眠くなる。
「立花先輩、眠たいんですか?」
「うん……。なんか疲れちゃって」
「私もです。ようやく心臓が落ち着いてきました」
やがて二つの寝息が警察署のソファから聞こえ始めて、呼ばれてやってきた僕の母と片桐さんの母は顔を見合わせて笑ったとか。
しっかり繋がれた手を離さないように眠っていたらしい。
……親に見られるって恥ずかしい……。




