神社での雑談
ある日の休日。僕は散歩のついでに歩き慣れた石階段を登っていた。
体育祭で実感することになったが、この石階段を登る事で足腰が鍛えられている。初めの頃は辛く感じた階段も、回数を重ねることで楽に登れるようになっていた。
普段通り石階段を登り切り、鳥居を潜る。その先には、こじんまりとした神社が建っていた。小さいながら清掃が行き届いており、安心感すら感じる場所だ。
境内では巫女装束に身を包んだ少女が、竹箒を掃いている。少女は僕の存在に気が付くと、明るい表情を見せ小走りに近づいて来た。
「優さん。こんにちは……。」
「こんにちは。白亜ちゃん。」
白亜ちゃんは小首を傾げ、可愛らしい笑みを浮かべた。
拝殿でお参りをした後、彼女に案内され従業員用の休憩室に通される。休憩室はそれなりに広い和室であり、何となくくつろげる雰囲気だ。
白亜ちゃんに出されたお茶を啜り、大きく息を吐く。そうして隣に座った彼女と、取り留めのない話をする。
「運動部の人に混じって、二位だったんですか?」
白亜ちゃんは驚いた様に目を丸くする。
現在、先日行われた体育祭のことについて話していた。話と言うか、報告に近いもの。
「そうなんだよ。まぁ手を抜いて走っている人が居たんだろうけどね……。それでも、この神社に通っていたお陰で足腰が鍛えられたのかも。」
僕がそう話すと。彼女は嬉しそうな恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「この神社が、すこしでもお役に立てているのなら、私も嬉しいです。」
「少しどころじゃないよ。この神社にも白亜ちゃんにも、いつも感謝している……。」
俯く彼女に対し、心からそう告げる。
感謝を伝えられ恥ずかしくなったのか、白亜ちゃんはワザとらしく話題を逸らした。
「あの、それで旭さんとしていたゲームはどうなったんですか?」
百メートル走を走る直前。僕は部長からゲームを持ち掛けられた。内容は、部長が百メートル走で二位以内に入る。その後僕が二百メートル走で二位以内に入ったら、正子先輩に飲み物か何か奢ってもらうと言うもの。
結果としては、挑戦は成功だった。部長は軽やかな走りで見事一位をさらい、僕も二位に入着した。
ただひとつ問題があったとすれば、この賭けは僕と部長の間だけで話し合っており、先輩の耳に入ったのは自分達の種目を終えた午後だったことだ。
「初耳だね。まさか、私のいない所で私を巻き込んでゲームをしているとは……。」
先輩はそう言って苦笑いをしていた。僕は「すみません」と謝る事しか出来ず、部長は頭のてっぺんに大きなタンコブを作っていた。
先輩は腕を組み、曇り空を仰ぐ。空に雲がかかっているお陰か、先輩の体調も良さそうだった。
「私に了承を取らなかったとは言え、二人とも目標を達成したのは事実か。」
そう理解を示したかと思うと、彼女は得意気な笑みを浮かべる。
「何かご褒美をあげたいところだけど、私も一位だったんだよね。」
「そうだったわね……。それじゃあ、全員目標達成で大団円かしら……。」
そんな曖昧な言葉で、僕達のゲームは幕を閉じた。因みに、体育祭前に部長に告白の予約をしていた男子生徒は二位だったので、告白は保留になったらしい。部長はホッと胸を撫で下ろしていたが、正直同情してしまう。
説明を終えた僕は、今度は白亜ちゃんに質問を投げ掛ける。
「そう言えば白亜ちゃんの通う中学校も、この時期に体育祭だったよね。もうやってしまったのかな?」
「あ、はい。私達も先週末に……。」
彼女はピクリと肩を揺らし、おずおずと答える。
「そうなんだ。白亜ちゃんは何の種目だったの?」
「えっと、私も二百メートル走に……。」
「そうなんだ。その、結果とか聞いても良いのな?」
何となく話し辛そうにしていたので聞いて良いものかと思ったが、ここで話を切り上げるのも不自然なので聞くことにした。
白亜ちゃんは少し口籠り。やっとの思いで口を開いた。
「えっと、その……一緒に走った組の中では、一位でした……。」
「一位?」
「一位です。」
思わず聞き返してしまった。
失礼な話だが、白亜ちゃんの外見からはいかにも運動が苦手そうな印象を受ける。小柄で華奢で大人しい。僕ではなくとも、徒競走で一位を取るようには見えないだろう。
「凄いじゃない、白亜ちゃん。素晴らしいよ。」
「そ、そうですか……。」
「そうだよ。中学生にもなると身体が出来上がってきて、運動能力にも差が出てくるのに。いつも神社の石階段を上り下りしているから、鍛えられていたんだね。」
僕は無邪気に称賛の言葉を述べると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
「あ、ありがとうございます……。」
白亜ちゃんはそう礼を言うと、恥ずかしそうに巫女服の袖を上げたり降ろしたりしている。
袖からチラリと見える彼女の腕は細く、やはり華奢な印象を受ける。しかしそんな細い体で、毎日急な石階段を上り下りしているのだ。見えていないが、足に相当筋肉がついているのだろう。
「因みに白亜ちゃん、高校に上がったら運動部とか入るのかな?」
「いえ、昔から人と競うのは好きではなくて……。帰宅部でも良いかなと思っています。」
僕の質問に彼女は俯きがちに答える。人間向き不向きがあるだろうが、能力的に向いていても精神的に向かないことを無理にやる必要も無いのだろう。
部長や先輩よりも頭一つ小さい少女の筋肉がどんなものかと、気にならないと言えば嘘になるが、足を見せて欲しいなんて言える筈もなく、僕は彼女と雑談を続けた。




