ひとりの部室
私立青丈高校では、体育祭と比べて文化祭の準備期間は短い。体育祭が終わり、少し落ち着いたかと思えば、来週にはもう文化祭本番だ。
僕はクラスメイトと協力して小道具類を準備した。幸いにも演目が走れメロスだったので、漠然とした小道具を用意するだけで良かった。具体的には盗賊などの持つこん棒や、メロスが暴君ディオニスを倒す為に持ち込んだ短剣などである。そのくらいであれば、不器用な僕にでも準備できた。
衣装や背景のパネルなどは他の人に任せてしまっているのは少し申し訳ないが、コミュニケーション能力に乏しい僕には、声を掛ける勇気も出ない。
放課後。僕はいつもの様に部室に向かっていた。役を演じるクラスメイトは少し残って練習をしていくらしいが、裏方は皆解散した。
いつもであれば、部室の扉を開けると部長や先輩が明るく僕を迎え入れてくれたものだが、この日は違った。
「お疲れ様です……。」
そう言って部室の扉を開けた僕を、迎え入れてくれる声は無かった。
部室はシンと静まり返っており、入って来た僕以外には誰一人としていなかった。
「……。」
反応に困った僕はいつもの席に座り、パソコンの電源を入れる。
パソコンの画面は青白い光を帯び、やがて画面の向こうに青い髪を束ねた美少女が現れた。
『お呼びですか?優。』
自称高性能アンドロイドのコールは、その大きな瞳で真っ直ぐに僕を見据えた。
「コール。キミはここに居たんだね。」
『当然です。アナタの携帯とこのパソコン以外のデバイスは、私のプログラムに設定しておりません。』
コールはそう言うと、画面の向こうに椅子を用意してそこに座る。
言ってしまえば人の手で創り出されたアバターではあるが、改めて見ると彼女のスタイルには目を見張るものがある。パッと見た感じ、身長は百七十センチ程ありそうだ。
気を取り直して、僕はパソコンに向かって話し掛ける。
「ねぇコール。部長達は居残りなのかな?」
『はい。二人とも、お化け屋敷の設営で居残りみたいですよ。』
「そうか……。」
僕は小さな声で呟き、部室を見渡す。
三人でもスペースが余っているくらいだったが、ひとりになると更に広くなったように感じる。いつも部長が座っている椅子は、つい先程まで人が座っていたかのように机に対して斜めになっている。窓際にある先輩の席は、先輩の性格が出ているのか真っ直ぐ置かれている。
『優。寂しいですか?』
部室を一周見渡し溜息を吐く僕に向かって、コールは抑揚の無い声でそう聞いてくる。
画面の向こうでは、心配そうな表情を浮かべた美少女が此方をじっと見つめていた。
「寂しくない、ことはないかな……。」
強がっても何の得も無いことに気が付き、僕は素直に白状する。
部室にひとりで居ると、いやがおうにも部長達が卒業した後の部室を想像してしまって心が苦しくなってしまうのだ。
『孤独に慣れた様な顔をして、案外寂しがりなんですね。』
「大きなお世話だよ。」
僕はそう言い、悪戯っぽい笑みを浮かべるコールから顔を逸らす。
『それは良いとして、お相手がいないのであればワタシとゲームをしましょうか。』
コールは急にあらたまって、僕にそう提案してくる。心が落ち込んだ僕に対する、彼女なりの気遣いなのだろう。
「そうだね。コール、僕に付き合って貰っても良いかな?」
感謝の言葉を胸の内に秘め、僕から彼女に頼み事をするかたちを取る。不器用で口下手な僕にできる、精一杯の誠意だった。
『かしこまりました。親友である優の頼みとあらば、断れませんね。』
コールは胸を張りそう答える。
「感謝するよ。それで、何をしようかな……。」
「悩んでいるのでしたら、将棋などいかがでしょうか?ワタシは今、優と将棋を指したい気分です。』
高性能なプログラムは、人間と同じように日ごとに変化する気分の様なものがあるらしい。彼女との付き合いの中で、機械にも感情がありそうなことが分かった。であれば、その日の気分や機嫌などがあっても何らおかしくないだろう。
そう言う訳で、パソコンを隔てコールと将棋を指す流れになった。
振り駒の結果、僕の先行だ。
「それじゃあ、よろしくお願いします。」
僕はパソコンに向かって頭を下げる。
『はい。よろしく言願いします。』
コールも画面の向こうで、深々と頭を下げてきた。
挨拶を終えると勝負開始。先手を取った僕は、序盤攻め込まずに王を守る為の陣形を固める。
詳しいことは何も分かっていないが、穴熊という戦法を試してみる事にした。コールは序盤から歩を進め、角を僕の陣形に攻め込ませる。しかし、僕も成長したのだろう。攻め込んできた角を問題なく処理して、一層守りを固めることに成功した。
このままいけばもしかしたら、そう考えていたのは最初の数分間だけ。気が付くと僕の陣営はガタガタに崩れてしまっており、王将の命も風前の灯だった。
『これで王手です。』
コールはそう言うと、飛車を王の目の前に指す。僕の王は、完全に逃げ場を失った。
「……参りました。」
『ありがとうございました。』
パソコンを挟み、互いに頭を下げる。少しは成長したかと思ったが、まだまだ敵わない様だ。
時刻は午後五時半頃。部長達も来る気配がなかったので、家に帰る事にする。
「僕、もう帰るよ。」
『お供いたします。』
その言葉と共に、コールの姿はパソコンの画面上から消えてしまった。僕の携帯に入ったのだろう。
パソコンの電源を落とし、部室を後にする。人が居なかくなった部室は、何とも言えない寂しさを漂わせていた。




