↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
100/110

記念日

 今日はいつもと変わらない。何気ない一日になる筈だった。特に行事や用事がある訳でもなく、何か良いことが待っている訳でもない。

 しかしこの日の僕は朝から妙に浮足立っており、まるで自分の誕生日の様な、時別な気がしてならなかった。とは言っても特別なのは気分だけであり、いつも通り登校していつも通りに授業を受ける。平穏かつ平凡な一日だった。

 何事もなく授業を終え、弾むような足取りで部室に向かう。何も無かったにも関わらず、僕の気分は高揚していた。

 部室の前で、部長に遭遇した。部長は僕を見ると、にこやかな笑みを浮かべる。それを見て、思わず頬が緩んでしまう。


「あら、優(ゆう)君奇遇ね。今来たところなのね。」

「ええ。部長は、何処かに行くところですか?」

僕がそう言葉を返すと、部長はこくりと頷いた。

「ええ。飲み物を買いに行こうと思ってね。優君も一緒に来る?」


部長から持ち出された誘い。僕に断る理由は無かった。


「お供させていただきます。」


僕は鞄を肩に掛けたまま、部長の後に続いた。

 階段を降りつつ、部長は独り言の様に口を開く。


「今日は何だか特別な感じがするのよね。何となく、本当に気分の問題なんだけど……。」


部長の言葉に、僕は共感を覚えた。


「部長、僕も同じですよ。今日は何だか浮足立っていると言うか、何だかワクワクしているんです。」

「ふふ。私達三人、通じ合っているみたいね。」


部長は優しい笑みを浮かべてそう言った。


「三人ってことは、正子(しょうし)先輩もですか?」

「ええ。あの子も私達と同様に、朝から心が躍っているみたいよ。その証拠に……。」


そこまで言って、部長は口を噤む。僕は一歩前を歩く部長の横に並び、その顔を覗き込む。


「その証拠に、何ですか……。」

「ふふ、それは部室に行ってからのお楽しみってことで。」


部長は悪戯っぽい笑みを浮かべて、右手の人差し指を口に当てる。正直気になって仕方がないが、部室に行けば分かる事だ。僕は大人しく引き下がっておくことにした。

 他愛ない話をしている内に、購買横の自販機に着いた。


「えっと……。正子はいつものコーヒーで、私は何にしようかしら……。」


部長は自販機を覗き込みながら、うーんと首を傾げている。僕も並んで自販機を覗き込む。

 目に付いたのは先輩のお気に入りの缶コーヒー。コールの話によると、もう少しでこの缶も自販機に並ばなくなる。僕も時折購入して飲んでいたので、名残惜しい気もする。


「僕もコーヒーにしようかな……。部長はいつもの野菜ジュースじゃないんですか?」

「うーん。野菜ジュースはあまり合わないと思うのよね。」


合わないと言う部長の言葉に、僕は首を傾げる。

 部室に何か用意しているらしいことは伺っているが、それが何なのかは分かっていない。お菓子か何か持って来ているのだろうか。


「決めた。私はカフェオレにするわ。」


部長はそう言って、自販機に小銭を入れる。僕も自分の分は出そうとしたが、バスケット選手の如く身体でブロックされてしまった。


「すみません。ご馳走になります。」

「いえいえ、お気になさらず……。」


部長は僕に缶コーヒーを一本手渡すと、鼻歌交じりに歩き出した。

 てきとうなことを話しながら、僕達は部室の扉を開ける。


「旭、戻って来たわよ。」

「先輩、お疲れ様です……。」


部室に足を踏み入れた僕は、目の前に広がる光景を見て入り口で足を止めた。

 部室の中心には机が二つ寄せられており、その上には大きなホールケーキが鎮座していた。


「おかえり旭(あさひ)。それと、いらっしゃい優君。」


先輩は部室の中心に立ち、穏やかな視線をこちらに向けてくる。

 僕は困惑したまま、呆然と入口に立ち尽くしていた。


「部長……。これは……?」

「言ったでしょう?正子も今日は心が躍っているみたいだって……。」


部長はそう言いつつ、教室の中心に歩みよる。


「だとしても、こんな立派なケーキを用意しているとは思いませんでしたよ。何処から持って来たんですか?」

「持ってきた訳じゃなく、作ったんだよ。」

「……作った?」

「うん。作った。」


先輩は得意気に笑い、答える。確かに、学校指定の鞄にはホールーケーキを入れるスペースは無いし、持って来るにしてもひと苦労だろう。しかし、作ってしまうとは。

 さらに困惑する僕を他所に、先輩は話を続ける。


「朝から材料を持って来ていてね、家庭科室の冷蔵庫に入れさせてもらっていたんだ。そうして昼休みに旭と二人で調理したんだよ。勿論、先生達の許可を取ってね……。」


先輩は優等生だし、部長も課題を出さないだけでテストの成績は常に上位だ。昼休みに家庭科室の使用許可を取ることも、そう難しいことでは無かったのだろう。

 僕はやっとの思いで足を動かし、ケーキの傍に歩み寄る。


「しかし、凄いですね……。」


僕がそう呟くと、二人は誇らしげに胸を張る。


「まぁこのくらいはね。私達に掛かればあっと言う間よ。」

「早速食べようか。私が切り分けるよ。」

正子先輩は何処からか包丁を取り出して、ケーキに切れ目を入れ始めた。

 僕達は切り分けられたケーキを食べつつ、訳も分からず祝い合う。


「おめでとうございます。」

「うん、おめでとう。」

「本当にめでたいわね。」


一体何を祝っているのか分からないまま、しかし特別な気持ちは確かに飲み物の缶を突き合わせる。

 放課後の部室。僕達の小規模な会合は日が沈むまで続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。