文化祭 そのいち
あっと言う間に文化祭当日。僕達のクラスは午前中の内に出し物を終えて、早々に散り散りになった。
クラスメイトは仲の良い数人で固まり、思い思いに文化祭を謳歌している。手洗いに行っている内にひとりになった僕は、取り敢えず教室を出て行くことにした。
どうしようかと少し考え、部長達が話していたことを思い出した。
「そう言えば、お化け屋敷やっているって言っていたよね……。」
小さな声でそう呟き、僕は二年生の教室へと向かった。
二年生はステージ発表がなく、模擬店だけの様だ。手前から順に執事喫茶、お化け屋敷、縁日屋台の看板が掲げられている。執事喫茶とお化け屋敷は容易に想像できるが、縁日屋台とはどのようなものなのだろうかと、冒険心を掻き立てられる。輪投げや射的などの定番屋台の他に、いくつかの屋台がならんでいるのだろうか。
縁日屋台に興味が沸いたが、まずはお化け屋敷に入ってみる事にする。
「いらっしゃいませ。入口は此方になります。立ち止まらずにまっすぐ進めばゴールとなります。また、屋敷の中には紅葉の栞が隠されておりますので、是非お探しください。」
受付では上級生が、丁寧に説明してくれる。
僕は案内されるがままに、お化け屋敷に足を踏み入れた。お化け屋敷の中は薄暗く、怪しげな洋館の廊下と言った印象を受ける。題材はありがちなものだがその完成度は高く、学生が作ったとは思えない絶妙な雰囲気を醸し出していた。
板で仕切られた道沿いに進んで行く途中、仮装をした上級生がたびたび僕を驚かせてくる。仮装のモデルは様々で、吸血鬼が出たかと思うとのっぺらぼう、魔女にミイラ男と世界観は統一されていない。お化け屋敷と言うより、ハロウィンの仮装大会の様相を呈していた。
驚きつつも冷静さを保ち、僕はゆっくりと歩みを進める。
「仮装のバラエティのお陰で、そんなに怖くも無いな……。」
人に聞こえない様な小さな声でそう呟く。内装の雰囲気が恐怖を煽るだけに、仮装の世界観がバラバラなのは良いバランスなのかも知れない。二年生の誰かがそこまで計算しているのなら、演出家として成功するだろう。
くだらないことを考えつつ歩みを進めていると、突如背後から口を抑えられる。驚きのあまり声も出せないでいると、そのまま隅の窪みに引き込まれた。
「声を出すな……なんてね。」
耳馴染みのある声を聞き、身体から力が抜ける。
振り向くと、そこには顔に血のりを付けた正子先輩が、背後から僕に密着していた。
緊張が解けると同時に背中に当たる柔らかい感触を自覚し、再び身体が硬直する。
「ま、正子先輩……。」
小さな声で名前を呼ぶと、先輩は僕の耳元で囁いてきた。
「ふふ。お化け屋敷にいらっしゃい、優君。」
言い終えると、先輩は密着していた身体を離して僕と正面から向かい合う。
先輩の格好は、和風の白装束。胸の辺りが少しキツそうなことを除けば、大変よく似合っている。長い髪も、普段と違い目元を隠すように垂れ下げているので少し新鮮だった。
「少し悪戯が過ぎたかな……。」
「いえ……。先輩に合えて、少し安心しました。」
僕がそう言うと、先輩はにこやかに笑う。
「あまりお客さんも来なくて退屈だからさ、少し話し相手になってくれないかな?」
先輩の頼みに、僕は頷いた。
「ええ、構いませんよ。それで、何を話しましょうか。」
「そうだねぇ……。あ、少し待ってて。」
先輩は人差し指を立てて、静かにと伝える。僕も口を噤み、小さく頷く。
窪みから通路を覗き込んでみると、男女が一組こちらに向かって歩いて来ていた。女性の方は男性の腕にしがみついており、男性の方も満更ではない様だ。
「さてと、私もちゃんと仕事をしないとね……。」
先輩はそう呟くと、窪みから出て男女の前に立つ。
髪の毛で顔を隠した先輩は、少し身を竦ませる二人に向かってゆっくりと歩き出す。重心が定まっていない不気味な歩き方。さらに、敢えて沈黙しているのも、恐怖を引き立たせていた。
先輩は身を寄せ合う二人の目の前に立ったかと思うと、突如として姿を消した。困惑する二人の肩に、背後から細い腕が触れる。二人が震えながら振り向くと、そこには先輩が立っていた。
男女ともに悲鳴を上げて、出口に向かって一目散に走り去る。二人を見送った先輩は、髪を上げつつ僕の方に戻って来る。
「どうだったかな優君?私の仕事ぶりは。」
「いやもう……。凄いのひと言ですよ。」
僕は興奮気味に、しかし大きな声を出さない様にして先輩に伝える。
「ところで、さっきのあれ、どうやったんですか?」
「あれって、どれのことかな?」
とぼけた様に首を傾げる先輩に、僕は質問を続ける。
「あれですよ。二人の目の前から消えたかと思うと、背後に立っていたやつ。」
「あぁ、あれか……。」
先輩は小さな笑い声をあげて、説明してくれる。
「なぁに簡単なことさ。二人の反射神経を超える速度で上に飛び上がり、音を立てない様に背後に降り立つだけ。種明かしと言う程のことでもないんだ。」
「それって、トリックなんかよりずっと凄いんじゃないですか?」
困惑する僕を他所に、先輩は最初に居た窪みの隅をゴソゴソと漁る。
「えっと、あぁ。これだ。」
そう言って先輩が差し出してきたのは、紅葉の栞だった。
「各驚かしエリアに用意されていてね。私の所に準備してあった分なんだ。」
「僕が貰っても良いですか?」
「いいよ。話し相手になってくれたからね。」
僕は栞を受け取ると、先輩に背中を押されてお化け屋敷を後にする。
栞は、制服のポケットの中に大切にしまっておくことにした。




