帰宅後
体育祭の全日程が無事終了して、僕はひとり自宅に帰って来ていた。
自室に荷物を置くいた僕は、風呂場に行きシャワーを浴びる。すぐにでも横になりたかったが、汗でベタついた身体をすぐにでも洗い流したかったのだ。
浴室から出た僕はタオルで頭を拭きつつ自室に戻る。時刻は午後四時半頃。両親は共働きで、家には僕しかいなかった。
倒れ込むようにしてベッドに横たわり、ぼんやりと窓の外に映る夕焼けに目を向ける。今日一日、殆ど応援しかしていなかったが、どうにも疲れた。目を閉じると、すぐにでも眠ってしまいそうである。
僕のクラスでは、どうやら打ち上げはやらないらしい。教室に居る時もそんな話は出てこなかった。
恐らくクラス全体ではなく、仲の良い数人で集まるのだろう。万にひとつクラス全体で打ち上げがあったとしても、誘われていないのでどちらにせよ僕が行く必要はないと言うことだ。
ベッドの上で姿勢を変え、仰向けになる。何かしたいような気もするが、何も思い付かないしする気も起きない。
時間を持て余した僕は、枕元に放っていた携帯を手に取り声を掛ける。
「コール、ちょっとお話しない?」
僕の言葉に反応したのか、携帯の画面はほんのりと白い光を帯びて青い髪を後ろに束ねた美少女が姿を見せた。
『お呼びですか?優。』
自称高性能アンドロイドであるコールは、抑揚の無い声でそう問い掛けてきた。
僕は彼女の顔をじっと見つつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いやね、退屈だから少し雑談でもと思ってさ……。」
『退屈なのでしたら、少しお休みなされてはいかがでしょうか?声から疲労を感知いたしました。アラームを設定いたしましたので、仮眠を取ることを推奨します。』
「仮眠ねぇ……。」
彼女の優しい提案に対して、僕は曖昧なリアクションをする。
コールの言う通り、疲労感はあるし寝ようと思えばすぐにでも眠れる。しかし、身体に反して脳は高揚していた。海外の行進曲を脳内で反復している様な、不思議な感覚。
躁状態とは、このようなことを言うのかも知れないと、密かに実感する。
『休まないのであれば、少しお喋りでもしましょうか。携帯を持ったままではキツイでしょうし、枕元に置いてはいかがでしょうか?』
コールは抑揚の無い声でそう言うと、優しい微笑みを浮かべた。
「お気遣い感謝者するよ。」
僕は携帯を充電器に繋げ、枕元に置く。
両手が自由になった僕は再び仰向けになり、天井を見上げる。
「お喋りするとは言ったけど、何話そうか……。」
身体が疲れている所為か、頭が真っ白になっており何も考えることが出来ない。気分だけが高揚しているので、自分のことだが何とも始末が悪い話である。
そんな困ったさんな僕に、心優しい自称高性能アンドロイドは話題を提供してくれる。
『手ごろな話題ですと、ひとつ良いものがあります。先日とある飲料メーカーが、缶コーヒーの製造中止を発表したことをご存じですか?』
「それは初耳だね。学校の自販機にも置いているやつ?」
『はい。マム正子が、好んで購入している商品です。』
その言葉を聞き、僕のぼんやりとした頭が少し覚醒する。
「あのコーヒーが製造中止になるの?」
僕は驚いた声を上げたが、身体はだらしなく寝そべったままだった。力が入らないと言うか、金縛りにあったような感覚だ。
仰向けになっている為携帯の画面は見えないが、コールは恐らく平然とした表情を浮かべているのだろう。抑揚の無い声で言葉を返す。
『製造中止になるのは缶コーヒーだけで、ペットボトル商品の生産は継続されます。なので、もう二度と飲めないなんてことはありませんのでご安心を。』
「そうなんだ。でも、先輩はがっかりするんだろうな……。」
僕は真っ白な頭で正子先輩の顔を思い浮かべる。
罰ゲームで飲み物を買いに行く時、先輩はいつも決まった缶コーヒーを頼んできた。それが自販機に並ばなくなると知ると、彼女はやはり落ち込むのだろうか。仕方がないよと言って、軽く笑い飛ばすのだろうか。
『ワタシと話している時に、他の女性の名前を出さないでいただけますか?』
コールは少し音量を上げて、そう言ってくる。
「先に先輩の名前を出したのはコールの方なんだけどね……。」
小さな声で呟く。人間の行動を学習するらしいが、その独占欲めいたものはどこで学んできたのか。
それはそうと、ふと抱いた疑問を投げかける。
「それにしても、ペットボトルでは販売を継続して缶だけ打ち切りとは……。どんな事情があったんだろうね。」
『関係者のコメントが出ていないので真意は分かりませんが、ネット上では幾つかの考察が出ています。例えば自販機売上のみ赤字だったとか、缶を製造していた会社で品質不良が見つかったとか……。』
「真相が分からない内は、みんな好き勝手言うものなんだね。」
『人間なんて、そう言うものですよ。箱の中身を予想する時が盛り上がりのピークであり、箱が開かれる瞬間は注目されても大して盛り上がらない。分からないものが好きなのでしょうね。』
「否定は出来ないや……。」
相も変わらず、切れ味の鋭いアンドロイドだ。
そうこう話している内に、段々と瞼が重くなっていくのを感じる。身体にも力が入らず、意識だけ段々と離れている様だった。
『優、一時間後にアラームをセットしております。安心してお休みなさい。』
枕元から聞こえる抑揚の無い声を最後に、僕は自らの意識を手放した。




