体育祭
日曜日になり、いよいよ体育祭本番だ。来客席には多くの人が集まっており、父兄がシャッターチャンスを逃すまいとカメラを構えていた。
開会式を終えて百メートル走。そのすぐ後に二百メートル走がある。僕はスタート位置の近くに控えて、部長達の雄姿を見届ける事にした。
「ゆーくんっ。」
背後から軽く肩を叩かれる。振り返ると、鉢巻をまいた部長の姿があった。
「部長。もう並んでおかなくて大丈夫なんですか?」
「もう少しくらい大丈夫でしょう。」
部長は気楽に笑っている。
周囲では競技に出る人と応援する人で、小さな賑わいを見せている。僕達は人の往来の邪魔にならないように端に移動した。
「ところで優くん、今から私と勝負をしないかしら?」
部長は腕を組み、棒立ちする僕に向かって唐突にそう提案してきた。
「勝負ですか?僕は構いませんけど、何かするにしても時間もないですよ。」
「そうね……。」
部長は鉢巻を締め直しつつ、ひとつ提案をして来た。
「勝負と言うより賭けなんだけどさ……。私が走る百メートル走の順位を予想しない?」
「部長の順位ですか……。」
そう。と部長は大きく頷き言葉を続ける。
「ひとレース四人走るでしょう。ワタシがもし二位以内に入れたら、優君にも何かして貰おうかしら。」
「そう言うことなら、まぁ構いませんが……。」
僕は部長が提案した賭けを承諾する。部長の運動能力を低く見積もっている訳ではないが、運動部に混じって二位以内と言うのは結構難しく思えたのだ。
気が付けば、スタート位置の周りは人で溢れ返っている。出場者半分応援半分と言ったところだろうか。
「それで、部長が二位以内に入ったら何をしましょうか。今日となると、出来ることも限られてきますけど……。」
「ふふん、それについてはひとつ考えがあるのよ。」
部長は得意気な表情を浮かべて、右手の指を日本立てる。
「……勝利のブイサインですか?」
「違うわよ。貴方に課せられたミッションよ。」
部長は指を仕舞い、説明を始める。
「まず、私がこれから百メートル走で二位以内に入るじゃない。」
「もし二位以内に入らなかったらどうなるんですか?」
「何も起こらないわね。これまでの会話とこれからする会話が無かったことになるわ。」
まるで失敗した際にはタイムパラドクスでも起こすかのような言い方だ。体育祭が終わる時に、僕の記憶が抜け落ちていたならば、そう言うことだろう。
下らない妄想をする僕に、部長は説明を続ける。
「話を続けるわね。私が一位か二位を取ったら、優君にミッションが課せられる。ここまではオーケー?」
「大丈夫です。」
「よろしい。そしたら優君が二百メートル走で二位以内に入るのよ。」
「僕もですか?」
僕が思わず部長の顔に目を向けると、彼女はさも当然と言う様に頷いた。
「勿論。私も貴方もか弱い文科系なんだから、同じ条件で頑張らないと。」
「そう言うものですかね?」
「そう言うものよ。」
そう言うものなのだろうか。
しかし、手を抜くつもりは一切ないが、上位に入れる自信は無いに等しい。一緒に走るのが運動部ばかり。こういう時に、日頃の努力の成果が出てくるものだ。
「因みに、僕が二位以内に入れなかったらどうなるんですか?」
「全部なかったことになるわ。これまでも、これからも……。」
この人は本当にタイムパラドクスを起こそうとしているのだろうか。タイムパトロールに目を付けられなければいいが。
真面目な話をすれば、ただ罰ゲームもご褒美も無いだけの話。しかし、僕は頭の中ではふざけていたい。脳内でふざけた分、現実の方では真面目でいられるのだ。
「万にひとつの話だとは思いますが、僕がそのミッションをクリアした場合はどうなるんですか?」
「それはまだ考えていなかったのよね。正子に二人分の飲み物を買って貰おうかしらね。」
お茶目な表情をしながら部長は頭を掻く。
「そう言えば、先輩には何の枷も無いんですね。」
「あの子ったら、私を置いて向こうに行っていたんだもの。声を掛ける暇も無かったわ。」
部長はそう言って、百メートル走の出場者が集まっている場所に目を向ける。部長に倣って僕も視線を向けると、先輩の後姿を見つけた。普段は下ろしている髪をひとつに束ねている。
「優君は髪が長い方が好きかしら?」
先輩の髪を凝視しているのがバレたのか、部長がそう聞いてくる。
「髪の長さはどちらでもいいですね。好きになった女性の髪形が好きです。」
「ふぅん。」
結構いい回答をした気でいたが、軽く流されてしまった。
そうこうしている内に、百メートル走の出場者が一か所に集まりつつあった。
「もう時間が無いわね。私が走っている内に考えておくから、優君も二位以内に入れるように頑張ってね。」
僕の返事も聞かないまま、部長は駆け足で集合場所に向かっていった。
彼女が去った後、ひとりになった僕は人目につかないように柔軟運動を始める。ご褒美に期待している訳ではないが、頑張っておいて損はないだろう。
いつの間にか百メートル走が始まり、一年生から順次走っている。まずは男子、次に女子だ。
同級生から始まり関りも無い先輩の走りを眺めていると、二百メートル走の出場者に召集がかかった。
僕は部長と先輩の検討を祈りつつ、集合場所へ向かった。




