恋愛シミュレーション
金曜日の夜のこと。僕はベッドの上に仰向けになり、ぼんやりとしていた。
時刻は午後九時頃。眠るにはまだ早く、何かするにしては遅く感じる時刻だった。
『優、お暇ですか?』
そんな言葉と共に、枕元に置いていた携帯が白い光を帯びる。
やがて画面の向こうに、青髪の美少女が現れた。
『お暇でしたら、少しワタシに付き合って下さいませんか?』
青髪の美少女、自称高性能アンドロイドであるコールは、抑揚の無い声でそう提案して来た。
「暇しているし、別に構わないけど……。」
僕は携帯を手に取り、仰向けに画面見上げて疑問を投げ掛けた。
「一体何をするの?ちょっと頭が回っていないから、戦略を要するゲームは出来ないよ。」
そんな僕の言葉に対し、画面の向こうに立つ美少女は得意気な笑みを浮かべる。
『ふふん。実はワタシ、とあるものを開発したんですよ。アナタにはそのテストをして、感想を頂きたいのです。』
胸を張りつつも、抑揚の無い声でそう話す。相変わらず表情と口調があっていないが、最近はそこが可愛らしく思えてきた。
それはそうと、早速彼女が開発したと言うものを見せて貰うことにする。
「開発したって言っていたけど、僕にテストや感想を求めるってことは、何かのアプリかゲームの類かな。」
『ご明察。ワタシは普段時間がありますので、その時間を利用してゲームを開発しました。』
「おぉ、凄いじゃない。」
僕が素直に感心すると、コールは張り付けた様な笑みを浮かべた。
『いえいえ。最近は優に構ってもらえませんので、時間はおおいに余っているのですよ。』
「……ごめんね。」
『お気になさらず。放っておかれるのにも慣れましたので……。』
そんな言葉と裏腹に、彼女は頬を膨らませている。明日は休みなので、一日中構うことにしよう。
次の瞬間、コールが画面から姿を消したかと思うと、画面に華やかなタイトルロゴが現れる。
「えーっと……恋愛シミュレーションゲーム?」
僕は困惑したままタイトルを読み上げる。彼女のことだから、高難度なパズルゲームの類が出てくると思っていたので、いささか拍子抜けである。
『はい。読んで字の如く恋愛シミュレーションゲームです。複雑な操作などは必要なく、複数の選択肢からひとつを選ぶことで物語が進むようになっています。』
「早速、遊んでみても良いかな?」
『はい。その為に画面を切り替えたのです。』
コールの了承を経て、僕はスタートの表示を押す。ゲーム開始だ。
スタートしたかと思うと、画面は突如学校の廊下に切り替わった。
「学校が舞台なんだね。」
『はい。恋愛ゲームの定番である舞台を選択いたしました。』
彼女はそう答える。確かに、会社が舞台の恋愛ゲームはあまり聞かない。需要が少ないのだろうか。
そうこう考えていると、画面の向こうにアニメ風の女子生徒が現れた。名前の欄には、幼馴染と記されている。キャラクターの名前は設定していない様だ。
「えっと、『おはよう。今日は良い天気だね。』か……。」
セリフを読み終えると、画面に三つの選択肢が現れる。
幼馴染の挨拶にどう返す?A挨拶を返す、B強く抱きしめる、C思い切り叩く。
「この選択肢って、ほぼ一択じゃない?」
僕はそう言いつつ、Aの挨拶を返すを選択する。すると画面に少しくらいハイライトがかかり、好感度ダウンの文字が表示された。
「え、なんで?設定ミス?」
驚きのあまり思わず声が出てしまう僕に向かって、携帯から抑揚の無い声が聞こえてくる。
『まったく分かっていませんね、優は……。』
画面の隅に青髪の美少女が現れたかと思うと、彼女は呆れたように肩を竦ませた。
『この場合は、思いきり抱き締める以外に選択肢はないでしょう。』
この自称高性能アンドロイドは一体何を学習した結果、その結論に辿り着いたのか。そんな疑問を抱きつつ、僕は言葉を返す。
「そんなことは無いと思うけど。向こうだって、別にそう言う気がないかも知れないし……。」
そう言うと、コールはワザとらしく大きな溜息を吐いた。
『何を言っているんですか。高校生にもなって無垢を装い近づいてくる女性に、下心が無いとでも?』
「……。」
反論しようと思ったが、言葉が見つからない。
不毛な議論は捨て置いて、ゲームを継続する。一時間の内に夏休みや体育祭などのイベントをこなし、いよいよ卒業シーズンに差し掛かった。
画面の向こうでは、主人公が幼馴染と向かい合っている。何度かデートもしたしキスシーンもあった。後はどちらかが告白をして、曖昧な関係に名前を付けるだけである。
「さてと、えー……『三年間ありがとう。この先も友達として一緒に支え合っていこうね。』ってはぁ?」
思いがけない結末に、僕は携帯を持ったまま固まってしまった。画面の向こうでは、桜の木の下ひと組の男女が、適切な距離を開けて向かい合ったままエンディング画面に突入した。
数十秒間フリーズした後、ハッと我に返った僕は心のままに言葉を紡ぐ。
「いや、おかしいでしょ。キスまでしたのに……友達って……。」
『これでストーリーは終わりですね。お疲れ様でした。』
コールは抑揚の無い声で、僕のことを労ってくれる。
『もういい時間ですし、今日はお休みしますか?』
「いや、このままじゃ引き下がれないよ。」
僕はそう言って、再びスタートの表示を押す。コールは『そうですか』とだけ言い、嬉しそうな笑みを浮かべた。
その日は結局、深夜まで友人が開発した恋愛シミュレーションに没頭した。




