プール そのに
ある休日のこと。僕達三人は体力づくりと言う名目で市民プールに訪れていた。
「いやぁ、やっぱり夏と言えばプールよね……。」
プールサイドに腰を下ろした部長が、爽やかにそう呟く。僕達がいるのは屋内プールだが、九月中旬と言うこともあり利用者は少なく見張りもいなかった。
現在プールサイドにて休憩中。数分まで歩行用レーンを歩いていたが、部長の体力が限界を迎えたことで水の中から身体を上げた次第である。
「夏と言っても、晩夏ですけどね。」
僕は水の中で身体を揺らしつつ、部長の呟きに対して口を挟む。
五月に花見をしてみたり九月にプールに行ってみたり、遊興同行会はどう言う訳か旬を過ぎたイベントを行う傾向にあるようだ。
「まぁ、九月だからこそ、人が少ないプールに入れるところもあるよね。」
正子先輩は言い訳するように小おt場を紡ぎつつ、再びプールに身体を沈ませた。
「いいところで休憩も終わりにしようか。」
「そうですね。また水の中を歩きますか。」
「ちょっと待って二人とも。」
部長はおもむろに立ち上がり、プールから顔を出す僕達に向かって手の平を突き出した。
部長がよくやる待ったのポーズである。
「良い具合に身体がほぐれてきたし、ここら辺で勝負をしましょう。」
「勝負ですか……。」
「私達は構わないけど、旭の体力は大丈夫なのかい?」
体調を心配する僕達に、部長は不敵な笑みを見せる。
「心配には及ばないわ。水の中を歩くのはキツイけれど、泳ぐ分には問題無いわ。私はフィジカルよりもセンスでスポーツをこなすタイプなのよ。」
「随分と自身有り気だね。泳ぐ分には、と言うことは勝負の内容は水泳勝負かな?」
「その通りよ。負けた人は受付の売店でアイス奢りね。」
意気揚々と話す部長に、僕は思わず言葉を返す。
「あのう部長。僕、泳げないって言いましたよね?」
「ええ、間違いなく聞いたわね。そのうえで勝負を挑んでいるわ。」
部長はキッパリと言い放つ。もっと何か言い訳めいたことを言ってくるかと思っていたので、言葉に詰まってしまう。
「部長、もっとこう平等と言いますか、騎士道精神と言いますか……。そう言ったものは無いんですか?」
「無いわね。勝てる見込みが大きな勝負は、やってなんぼでしょう。」
「……。」
抜け目ないと言うか、したたかな人だ。
部長に言っても話が進展しないので、僕は隣に居る先輩に助けを求める事にした。
「先輩は良いんですか?水泳勝負……。」
「私は構わないよ。同好会活動なら、一勝負しておいても良いと思う。これで二対一だね。」
「……そうですね。」
救いの手が断たれた僕は、大人しく頷くことしか出来なかった。
そう言う訳で、僕達は三レーンに分かれて飛び込み台に立つ。たった三人で三レーンを占領するのは良くない気もしたが、いつの間にか僕達以外の利用者はいなくなっていたので問題ないのだろう。
部長と先輩は飛び込み台の上で柔軟運動をして、やる気に満ちた様子。対して僕は、身体に変な力が入らない様に腕を回すくらい。勝ちたいという気持ちはあるが、自分の能力を鑑みると絶望しかない。
「さてと、スタート前にもう一度ルールを確認するわね。」
部長は入り口側の飛び込み台から、大きな声を上げる。
「二十五メートルの自由形、で良いのかしら……?兎も角どんな泳ぎ方でも良いから、向こうの壁に最初に手をついた人の勝ちよ。」
言ってしまえば、何のしがらみも無い。端から端までの競争である。この上なく分かり易いルールに、僕と先輩は大きく頷いた。
ルール確認も終えて、いよいよ勝負開始である。スタートの合図は、部長がやってくれるようだ。
「準備は良いわね。位置について……。」
部長の声に合わせて、両手を重ねたまま上にあげる。水泳など小学生以来だったので、飛び込みの姿勢すらよく分かっていない。隣に立つ先輩の姿勢を見よう見まねすることで、何とかそれっぽい姿勢を作り上げる。
「よーい、スタートっ。」
部長のそんな言葉と共に、僕達は水中に飛び込む。部長は少し遅れて水の中に飛び込んだ。
さていざ競争を始めたはいいが、どう泳いだものか。僕は腕と足を延ばしたまま真っ直ぐに進む。このまま飛び込みの勢いに合わせて向こうの壁に辿り着ければ良いのだが、多分息が持たないだろう。
ゴーグル越しに隣を見ると、先輩の姿も部長の姿も既にいなくなっていた。知らず知らずの内に、置いて行かれてしまった様だ。
途方に暮れながらも、小学校で学んだ記憶を何とか思い出す。腕を交互に回し、足を大きくバタつかせる。息継ぎの仕方は、どうだったかな……。
僕のクロールは、身体を動かしている当人からしても進んでおらず、情けないことこの上なかった。
ひとしきり手足を不格好にバタつかせた後、僕は観念してプールの底に足を着けた。自分の現在位置を確認してみると、二十五メートルの半分もいかない位置。だいたい十五メートルくらいだった。
小学生の時分から全く成長していないことを実感し、僕は大きく肩を落とした。
「お疲れ様、優君。」
「頑張ったね。少しでも泳げたことを誇って良いよ。」
部長と先輩はプールの壁から僕の方に近付いて、僕のことを労ってくれた。憐みからの言葉なのかも知れないが、心が温かくなるのを感じた。
「それはそうと、優君が最下位だったわね。」
「あぁ。もう少し身体を動かしたら、着替えてアイスを買いに行こうか。」
顔を見合わせ笑い合う二人を見て、僕は思わず懐が冷えていくのを感じた。




