プール
ある日の休日。僕達三人は朝から集まって、市民プールに訪れていた。
きっかけは部長の一言だった。金曜日の放課後、部長は突然立ち上がり声高らかに宣言した。
「明日、プールに行きましょう。朝九時に学校前集合で、昼前に解散。何か予定がある場合は私に伝える事、以上。」
戸惑う僕と正子先輩を他所に、それだけ言って部長は席に着き本を読み始めた。
嬉しいかな悲しいかな。いつも通り土曜日の予定は無かったので、僕は部長の提案に乗ることにした。先輩も、真意は分からないが僕とそう変わらないだろう。
九月も後半に差し掛かっているからか、市民プールに人は少なく閑散とした印象を受けた。
「それじゃあ、私達はあっちで着替えてくるから。優君、また後でね……。」
「ふふ。気になっても覗いちゃダメだよ?」
「言われなくても、覗きませんよ……。」
後輩に対する信頼というものが……。なんて文句をぼやきつつ、僕は着替えてプールへ向かった。
プールは屋内にあり、それなりに広い。レーンは六つ程に分かれており、一番端には歩行専用のレーンなんて物がある。
「市民プールなんて始めて来たけど、結構良い所だよね……。」
独り言を呟きつつ準備運動をしていると、背後から僕を呼ぶ声がした。
「優くんお待たせ。」
「待たせたね。前以って準備運動をしているとは、心掛けだよ。」
声のする方に振り返ると美人な女性が二人、こちらに向かって歩いてきた。
「いえいえ。僕も今来たばかりですよ。」
まるでデートの様な言葉を言いつつ、僕は二人の水着姿を目に焼き付ける。
部長の水着は白一色でフリルが付いており、幼さの中に華やかさの様なものが感じられる。正子先輩の水着は部長と対照的に、黒一色で余分なものは一切ない。単純な構造だが、先輩のグラマーなスタイルを強調している様に見える。正直な話、目のやり場に困ってしまう。
僕はプールの方に視線を向けつつ、部長に問い掛ける。
「それで、僕達はどうしてプールになんて来ているんですか?」
「ふふん。教えてしんぜよう。」
部長は控えめな胸を張り、得意気に口を開いた。
「私達って、普段から身体を鍛えるようなことをしないじゃない。それで、体育祭も近いし夏だしってことでプールに来たってワケよ。」
「夏と言うには、若干旬が過ぎた様な気もしますが……。」
「ここだけの話。旭は夏休み中の不摂生が祟ってね……。体重が三キロも増えてしまったんだよ。三キロも……。」
「うっさいやい。」
部長は先輩の横腹に肘を当てようとするも、華麗な仕草で交わされてします。
まぁ理由はどうあれ、体育祭も近いので体力づくりであれば、願ったり叶ったりである。
「しかし、よりによってプールとは……。」
僕がそう呟くと、部長は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの優君。もしかしてプール嫌いだったかしら?」
「いえ、嫌いではないんですが……。」
僕は言葉を濁らたが、部長の真っ直ぐな視線に負けて白状する。
「前に運動が苦手って話したじゃないですか。水泳もその例外ではなくてですね……。」
「因みに、最高何メートルくらい泳げるの?」
「……じゅ、十五メートル、くらい……?」
「あ、そうなんだ……。」
部長に憐みの視線を向けられた僕は、少し肩を落とす。
「そう言うことなんで、僕は歩行者専用のところを歩いていますね。」
「優君がそう言うなら、私もそうしようかしら。正子はどうする?」
「私も歩こうかな。足や腰回りの筋肉を引き締めておきたいし。」
二人はそう話しながら僕の横に立ち、準備運動を始める。
「お二人とも……。」
人の優しさを実感し、僕は心が温かくなるのを感じた。
準備運動と適度な柔軟を終えた僕達は、一番端のレーンに入りゆっくりと歩き出した。
「ふう、結構負荷がかかるね。」
「確かに部長が言っていた通り、軽い体力づくりに最適かも知れませんね。」
僕と正子先輩は、肩を並べて水の中を進んでいた。身体が思う様に動かないが、これもまた新鮮な感覚で楽しめている。
「それはそうと、肝心の言い出しっぺがあの様とは……。」
先輩は立ち止まり、呆れた様な表情で後ろを振り返る。
事の発端である部長は、息も絶え絶えの状態で僕達の後に続いている。そのスピードは丁度僕達の半分くらいであり、僕と先輩が二歩進む間に部長は一歩進んでいる。
「旭ぃ、大丈夫かい?」
「ふ、ふふ……。愚問ね……。」
先輩の言葉に答えるようにして、部長は弱々しく右手の親指を立てた。
「ぜぇぜぇ……だ、大丈夫よ。これだけ負荷がかかっていれば……。はぁはぁ……。プールから出る頃には、か、身体が引きし……引き締まる事な間違いなし……ぐふ……。」
口では大丈夫と言っているものの、部長は明らかに限界そうだった。
僕と先輩は顔を見合わせて、頷き合う。心が通じ合った僕達は、部長のいる方に歩き始める。
「部長、一旦出て休憩しましょう。回数を分けて負荷をかける方が、身体にもきっと良いですよ。」
「しかし、まさか二十五メートルも歩けないとはね……。」
「う、うるさいわね。少し体力が落ちただけよ……。」
プールから引っ張り上げられつつ、部長は正子先輩の方を睨みつけた。
僕達はプールサイドに腰を下ろし、ひと息吐く。
「もう少ししたら、また歩こうか。」
「ええ……。そうしましょう。」
楽しそうに笑う先輩と対照的に、部長の顔からは生気が無くなってしまっていた。




