腕相撲
放課後の部室。正子先輩はいつも通り読書に耽っており、僕と部長は机をひとつ挟み向かい合っていた。
僕達は机に肘をつき、互いに右腕を合わせている。いわゆる、腕相撲の形である。
「ふんぬう……。」
部長は歯を食いしばって力を込めている様子だったが、その力は僕に届いていないようだった。
弱い。あまりにも弱すぎる。僕は内心驚いていた。異性とは言え、同年代なのにここまで力が違うものなのかと、そう考えていた。
表情を変えない僕を見て部長はムキになったのか、顔を真っ赤にしてさらに力を入れる。しかしそれでも僕の腕が少し傾いただけで僕を腕を机に倒すには至らず、少し力を入れると、すぐに最初の位置に戻ってしまった。
「部長、そろそろ終わらせますね。」
そう宣言して、腕に力を込める。腕は一気に傾き、微かな抵抗も虚しく部長の手の甲は机に叩きつけられた。
「ぐえー……。」
部長は情けなく机に上に項垂れる。部長から仕掛けてきた勝負だったが、あっさりと決着がついてしまった。
僕は手首を回しつつ、机に額を付ける部長に声を掛ける。
「えーっと……。今回の勝負は僕の勝ちってことで……。」
言い終えない内に、部長は顔を下げたまま僕の目の前に右腕を突き出してくる。見てみると、三本の指を立てていた。
「三回勝負にしましょう、三回勝負。」
顔を下げたまま部長は提案してくる。
僕の視点からすると、部長の頭頂部しか見えない。つむじが話しているみたいだ。
「三回勝負ですか。別に良いですけど、正直負ける気がしませんよ?」
「ふっふっふ……。それについては、良い考えがあるのよ。私は頭が良いからねえ……。」
つむじを僕に向けたまま、部長は不敵に笑う。油断すると笑ってしまいそうなので、いい加減顔を上げて欲しい。
それは兎も角。
「良い考えって何ですか?」
僕は目の前のつむじに問い掛ける。何となくだが、あまり良い予感はしない。
「ふふん。それはズバリ、ハンデマッチよ。」
「ハンデですか?」
余りにも在り来たりなことを得意気に言う部長に、僕は思わず聞き返してしまう。
「そう、ハンデ。世の中何でも平等だなんだと言うけどね、動物はライン生産された製品じゃない。どんな生き物にも個体差があるのよ。だから同じ土俵で戦いたければ、多少のハンデは必要なの。」
「……。」
在り来たりな提案をして来たかと思うと、途端にスケールが大きな話になった。正直反応に困ってしまう。
少し間を置き、僕は部長の言葉に同調する。
「まぁ、男性と女性が力比べをするんですから、多少のハンデは必要ですよね。平等と言うより、公平性に話ですかね。」
「そうかもね。」
部長はそう言うと、顔を上げて高らかに言い放つ。
「と言う訳で、二戦目よ。ここで貴方が勝てば、このゲーム貴方の勝利よ。私が勝てば、三戦目にもつれ込むわ。アーユーオーケイ?」
「オーケイ。ハンデはどうします?僕が三本指で勝負するとか?」
「うーん、単純に私が両腕を使って勝負するとか。」
片腕の僕対両腕の部長を、頭の中で軽くシミュレーションしてみる。先程の一戦、僕は殆ど力を入れずに勝利した。部長は右利きなので、利き腕ではない腕が加わったとしても、何とか勝つことは出来るだろう。
「良いですよ。そうしましょうか。」
「ふふ。素直な後輩は好きよ。」
僕達は席を立ち、軽く腕を回したりして準備運動をする。
単なる放課後の戯れなのだが、気分は世界大会の決勝戦だ。
「準備は良いかしら?」
「ええ、いつでも大丈夫ですよ。」
僕達は不敵に笑い合い、机の上で腕を重ねる。僕は右腕だけで、部長は左腕で僕の腕を包み込んでいる。
よくよく考えてみると、同世代の異性と手を合わせている状況だ。変に緊張しそうになり、慌てて思考をリセットする。
「正子、レフェリーをお願いするわ。」
部長が声を掛けると、正子先輩は溜息交じりに立ち上がる。
「まったく、旭は人使いが荒いな……。」
「ふふ文句を言いつつも、手を貸してくれる貴方が好きよ。」
こちらに歩み寄って来る先輩に、部長はそう言って笑い掛ける。
先輩は大きな溜息を吐きながら、僕と部長の間に立つ。
「掛け声は、てきとうで良いかな?」
「構わないわ。一度目なんて、私のフライングでスタートしたし……。」
「キミ達はそれでいいのかい?」
困惑の表情を浮かべつつも、先輩はワザとらしく咳をして少し大きな声を出す。
「行くよ。レディ……ファイッ。」
先輩の掛け声と共に、僕達は腕に力を込める。
相手する腕が増えた所為か、予想以上に力がかかっている様だ。
僕達の力は拮抗しており、最初の位置で膠着していた。
「むむむ……。」
「ふんぬう……。」
互いに歯を食いしばり力を込める。少しでも力を緩めてしまうと、すぐに押し倒されてしまいそうである。
拮抗状態を打開するために力を込める最中、僕はとあることに気が付いた。僕は手の力を抜き、机の上に手の甲を置く。
「……あれ?」
部長は不思議そうな顔をしていたが、すぐに口を開く。
「と、兎も角……。二戦目は私の勝ちね。これで最終戦に……。」
「いえ……この勝負、僕の負けです。」
僕は先輩の言葉を遮り、自らの敗北を宣言した。
「そ、そう……。私はまぁ、構わないけど……。」
部長は余計に不思議そうな顔をしていたが、僕は自身の敗因を語らなかった。
力んだ結果手汗をかいてしまったなどと、伝える事が憚られた。




