表と裏
かくして、部長と正子先輩は勝負をするべく立ち上がった。流れる様な動作で手袋を着け直す先輩に対し、部長は不敵な笑みを浮かべている。
「改めて確認するわね。私が勝ったら、貴方達二人は私の課題を手伝う。貴方が勝ったら私は大人しく課題をやる。良いわね。」
何故か僕まで巻き込まれてしまった。正子先輩は兎も角、僕は部長の課題を手伝える気がしない。出来ることがあるとしたら、監視かパシリくらいのものだろう。それにしてもオセロで完全敗北を喫し、そのうえ勝負に巻き込まれるとは、なんという一日だろうか。
肩を落とす僕を他所に、正子先輩が待ったをかける。
「さっきは了承したが、やはり私にメリットが無さすぎると思うんだ。だから、ひとつ条件を加えさせて欲しい。いいかな?」
「ええ、構わないわよ。」
両手を自身の腰に当てて首を傾げる部長に、正子先輩は勢いよく手の平を向ける。
「もし私が勝利した場合、二度と課題の提出期限を破らない。それを誓ってもらおうかな。」
先輩がそう言い終えると、部長は顔を青くしてよろよろと後退る。
「な、なんて恐ろしい事を……。まるで悪魔の選択だ……。」
ごく当たり前の事だという正論の様な文言は、言わない方が良いだろう。
折角二人がやる気になっているのだ。水を差すのは野暮と言うものだろう。
「こう言った賭けは、今回限りにして欲しいからね。遊興を謳っているのに、そのリーダーたる旭が遊びに興じないのでは後輩にも示しがつかない。優君もそう思わないかい?」
「え、ええまぁ。僕も同意見です。」
突然話を振られたので、慌てて頷く。
「ぐぬぬ……。」
部長は少し渋る素振り見せていたが、やがて観念したのか溜息を吐き背筋を伸ばす。
「良いわ。その条件で勝負しましょう。元々負けるつもりは無かったけれど、尚更負けられなくなったわね。これが勝負……。」
課題の提出期限を守るのは当たり前の事だろう。なんて突っ込みは無粋だろう。余計な事を口走らない様に黙っておく。
「言っておくけど、私も負けてあげる気は毛頭ないから。今日を機に、しっかりと課題をやる真面目な子に生まれ変わると良いさ。」
「出来るものなら、やってみると良いわよ。」
「上等だよ。」
二人の間に、緊張した空気が流れる。室内なのに、強い風が吹きすさんでいるような錯覚さえしてしまう。
二人の間に口を挟むのも憚られるが、それでも質問をせずにいられない。
「それで、お二人はどうやって勝負するんですか?課題が残っているなら、長引く様なゲームは好ましくないですよね。」
「それうだね……。それじゃあこう言うのはどうかな?」
正子先輩は胸ポケットを探りあるものを取り出し、僕に投げ渡す。
それは表面に蝙蝠のシルエット、裏面に西洋風の城が描かれた金色のコインだった。正子先輩は困惑する僕から視線を外し、部長と向かい合う。
「時間をかけるのも得策では無いし、コイントスで雌雄を決しよう。やり直しは無しの、一発勝負だ。旭もそれでいいよね。」
「ええ、構わないわ。二分の一の単純な運勝負が、今後の運命を決定付ける。私達らしい勝負ね。」
「準備はいいかな?私はいつでもいいけれど。」
「私も良いわ。優君、コインを投げて頂戴。」
「あ、はい……。」
言われるがままに、親指でコインを弾く。
コインは回転しながら僕の頭上に上がり、やがて重力に従い落下を始めた。
「私は表を選ぶわ。」
先に宣言したのは部長だった。回転しているコインを見て、予測を立てたのだろうか。だとすれば、もの凄い動体視力だが。
「ならば、私は裏を選択しよう。同じものを選んでもしようがないからね。」
コインは回転しつつ、僕の左手の甲に着地した。コインが跳ねて床に落ちない様に右の手で蓋をする。
僕は右手でコインを隠したまま、二人に最終確認をする。
「今僕の手にコインが落ちた訳ですが、お二人共決断に変更はありませんね?」
「私は構わないわよ。」
「私も同じさ。焦らしても何だし、早く見せてよ。」
正子先輩に促され、僕は蓋をしていた右手を開く。
左手の甲に置かれたコインには、蝙蝠のシルエットが描かれていた。
「あらら、私の負けか……。」
正子先輩は残念そうに溜息を吐く。そんな態度に反して、部長は目を輝かせていた。
「私の勝ちね。それじゃあ、約束通り課題を手伝ってもらうわね。」
「遊興同好会は勝負の結果が全てだ。敗北したのなら、今更どうこう言わないさ。それで、私達は何をすればいいのかな?」
「正子は、問題の解き方を教えて欲しい。優君は、私がサボらない様に見張っていて欲しいわ。あ、その前に何か飲み物買って来て欲しいかも。いいかしら?」
部長の問い掛けに、僕は頷く。
「勝負の結果ですから、従いますよ。それにしても、意外でした。」
「以外、何が?」
僕の言葉に、部長は首を傾げる。
「てっきり、正子先輩に課題をやってもらうのかと思っていました。ちゃんと自分で解くんですね。」
「当たり前じゃない。真面目に取り組まないと、課題の意味が無いわ。」
提出期限を守らないと、課題の意味が無いでしょう。そんな言葉を飲み込んで、僕は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。




