喫茶店でえと
休日のこと。僕は目的も無いまま、ひとり街を彷徨い歩いていた。
家で惰眠を貪っていても充実感は無く、勉強する気も起きない。テレビゲームの類も持っておらず、本棚に並べられた本には全て目を通していた。つまるところ、暇を持て余した状態というワケだ。
何処に行くのかということすら決めずに、僕はのんびりと歩みを進める。軽い運動を兼ねた時間つぶしであり、念の為に財布は持ち歩いているが何か買うつもりもない。
今更になって、携帯すら持って来ていなかったのは阿呆だったと反省する。せめて、携帯に住み着いている口うるさい友人でもいてくれれば、多少なりと退屈も紛れたのだろう。
商店街の入り口に来た辺りで、見知った人影を見つけた。
「あ、正子先輩……。」
「おやおや優君、奇遇だね。こんな所で何してるのさ。」
正子先輩は僕の存在に気が付くと、ゆっくりと歩み寄って来た。珍しく、私服姿である。
「僕は散歩の最中ですよ。先輩の方こそ、買い物か何かですか?」
「私はこれから喫茶店にでも行こうと思っていたところだよ。時間があるなら、優君も一緒に来る?」
先輩は前屈みになり、上目遣いでそう聞いてくる。
現在時刻は午前十一時頃。別段何をする予定も無かったし、折角のお誘いだ。僕は勢いよく首を縦に振る。
「是非、ご一緒させていただきます。」
僕の言葉を聞き、正子先輩は艶めかしい笑みを浮かべた。
「ふふ、そう言ってくれると思ったよ。」
そう言って先輩は自然な仕草で僕の手を掴み、商店街の中へと進んで行く。
手の感触や温もりにドギマギしつつも、僕は先輩の後に続いた。
商店街の中心辺り。コンビニと服屋の間に歩行者用の通路がある。そこに入り、さらに狭い通路に入ると路地裏に着く。街灯など無く日差しも当たらない様な場所に、その喫茶店はひっそりと佇んでいた。
建物と建物の間。使い道のないスペースを間借りするようにして、喫茶店は建っていた。木製の歴史を感じる扉には、営業中と書かれた札が掛けられている。
看板には達筆な文字で「隠家」と書かれているが、僕達がこの店の名を口にすることはないだろう。僕達に共通する喫茶店と言えば、後にも先にもこの店だけなのだから。
「先輩、何だか楽しそうですね。」
鼻歌交じりに歩く先輩に向かって、僕は声を掛けた。彼女は僕の顔を見ると、微笑みを浮かべて答える。
「そりゃあ楽しいさ。可愛い後輩とデート出来るんだから、足取りも軽くなると言うものさ。」
デートじゃないと、そう口にしようとした瞬間、先輩は一歩踏み出して喫茶店のドアを開いた。
カランカランと言う鈴の音と共に、扉が開き僕と先輩は手を繋いだまま入店する。夏場にも関わらず厚いコートに身を包んだ老年のマスターは、僕達に向かって軽く会釈し、口を開いた。
「またいらっしゃいましたね。おやおや、でえとと言うやつですかな?」
悪戯っぽくそう言う店主にの言葉に、僕は首を横に振った。
「デートじゃありません。」
「今はまだ……ね?」
先輩は僕の腕に自信の腕を絡めて、身体を密着させてくる。
「おやおや、お熱いことで……。他に客もおりませんで、お好きな席にどうぞ。」
「あ、いや……違うんです。」
僕の弁解も聞かぬまま、店主は奥に引っ込んで行ってしまった。
入口の取り残された僕達は、互いに顔を見合わせる。
「ふふ、勘違いさせちゃったみたいだね……。」
「誰の所為ですか、誰の……。」
「知らないねぇ。それよりも、はやいとこ席に着こうよ。私、喉が渇いちゃった。」
先輩は僕と腕を組んだまま、奥の席に向かう。先輩は華奢な割に力が強く、僕はされるがままになってしまった。
向かい合う様にして席に着いた僕達は、顔を突き合わせメニュー表を覗き込む。
「さあて、今日は何を頼もうかな。優君はどうする?付き合ってくれているんだし、私が奢るよ。」
弾む声でそう話す先輩に、僕はちょっとした新鮮さ感じていた。
普段クールな先輩が子供の様にはしゃいでいる姿が見れるのならば、あらぬ誤解もまぁ良いかと思えてくる。
「ん、優君どうしたの?人の顔じっと見つめて。もしかして私に見惚れちゃったかな?」
「あぁいえ……。先輩は何をたのむのかなー、なんて……。」
そう誤魔化しつつ、僕もメニュー表に視線を落とす。
先輩が奢ってくれるとのことなので、少し冒険してみても良いかも知れない。
「僕は……そうですね。コーヒーの、カクレガスペシャルっていうのを頼んでみようかな。」
「お、挑戦的だね。私は普通のホットコーヒーにするよ。軽食はどうする?私はホッとサンドを頼むつもりだけど。」
「そうですね……。」
この店限定だろうコーヒーを頼むのは挑戦的なようだ。それはそうと、軽食の一覧に目を向ける。正直どれも魅力的に見えてしまうので困ったものである。
「僕も、先輩と同じホッとサンドでお願いします。」
散々悩んだ末に、面白味の無い答えを出す。
「オーケー。それじゃあ、注文しようか。」
先輩はテーブルの上にある呼び鈴を鳴らす。チリンと控えめな音が店内に響き渡った。
店主は伝票を片手に僕達に近付いてくる。
「はい、ご注文を承ります。」
「ホットコーヒーとカクレガスペシャル。それと、ホットサンド二つお願いします。」
「かしこまりました・少々お待ちくださいな。」
店主はそう言って、奥の方に引っ込んで行く。飲み物と軽食が来るまでの間、僕と先輩は取り留めのない話に花を咲かせていた。




