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肩揉み

 放課後の部室。僕と部長は机を挟んで向かい合い、いつものに興じていた。

 いつものと言うのは、トランプゲームの一種である戦争に、一度だけカードの確認と入れ替えを加えた様なもの。本来の戦争と違い手元のカードは一枚だけで、それを確認して引き直すかどうかを決める。

 引き直す際に、カードを公開する必要はない。運だけのゲームに心ばかりの駆け引きを加えたのが、僕らが言うところの「いつもの」である。

 互いにカードをシャッフルして、上から一枚ずつ取る。僕のカードは四、このまま勝負しても勝てる見込みは薄いだろう。


「僕は入れ替えますね。」

「オーケー。私はこのままでいいわ。」


部長の言葉を聞き、僕はカードを山札の一番下に差し込み一番上のカードを取る。

 互いにカードを一枚手元に伏せた状態で、軽く雑談を交わす。


「九月になっても、まだまだ暑いわよね。」

「そうですね。晩夏と言うには、少し過剰な暑さですよね……。寝苦しいったらありゃしない。」

「寝苦しいと言えば、夏休みに入る前に枕を変えてみたのよね。少し高い物。」

「へぇ、それで、寝心地はどうだったんですか?」

「柔らかすぎて眠れなかったわ。翌日には元の枕に戻して、買ったものは父にあげたの。不要になったから渡しただけなのだけど、喜んでくれていたわ。」


理由はどうあれ、娘からの贈り物を喜ばない父親はいないだろう。

 話している内に、良い頃合いになって来た。


「そろそろ決めますか?ご褒美。」

「そうね。因みに優(ゆう)君、自信のほどは?」

「僕は結構自信ありますよ。そういう部長はどうなんですか?」

「私は程々ね。と言う訳で、私が勝ったら肩を揉んでもらおうかしら。」


どう言う訳で辿り着いたのかは分からないが、部長が提示したご褒美は肩揉みだった。


「じゃあ僕が勝ったら、僕の肩を揉んでもらいますね。」

「構わないわ。ご褒美も決まった事だし、早速勝負しましょうか。」


部長はそう言い、手元のカードに触れる。僕もそれを見て、自分の手元に置いていたカードに手を掛けた。

 一瞬の沈黙と共に、緊張した空気が流れる。

 決して大した賭けでもないのだが、ゲームの決着がつく瞬間はいつも緊張する。


「いざ勝負っ。」


部長の掛け声に合わせて、僕は手元のカードを開示する。

 当たり前の事だが、勝負は一瞬にして決着した。僕のカードは九、部長のカードK(キング)。つまるところ、僕の敗北である。


「ふふ、偉大なる王の勝利ね。」


カードを目の前にかざし、部長は得意気な表情を浮かべる。


「今日こそは勝てると思ったんですけどね……。」

「運が無かったわね。それじゃあ、約束通りに肩を揉んでもらおうかしらね。」

「ええ、勝者の仰せのままに。」


僕は立ち上がり、部長の背後に立つ。そしてひと息吐いて彼女の肩に手を伸ばした。

 部長の肩は柔らかく弾力があり、簡単に指が入る。揉まなければいけない程、こっている様には思えなかった。


「あぁ、良いわね。もう少し上、ちょっとだけ中心によって、そこそこ。」


部長は気持ち良さそうな声をあげる。僕の力が弱い所為か、彼女の肩を揉むのには良い塩梅なようだ。


「少しずつ、上に上がって行って欲しいわ。」


言われるがまま、徐々に上に行きつつ部長の肩をほぐしていく。下から上に。最後に首筋を優しくほぐして、僕は部長の肩から手を離した。


「ありがとう。少し楽になった気がするわ。」


部長は肩を回しながらそう礼を言ってくる。

 ひと仕事終えて指を伸ばしていると、横から正子(しょうし)先輩が口を挟んでくる。


「優君、良ければ私の肩も揉んでくれないかい?最近、肩こりがひどくてね……。」

「良いですよ……。」


胸囲がある女性は、その分重量がかかり肩がこるらしいが……。実際のことだろうか。

 そんな良からぬことを考えていると、部長に肘でつつかれた。


「優君、もう一度肩を揉んで貰っても良いかしら。多少ほぐれたけど、まだ肩が固い気がするわ。かただけに、ね。」

「……。」

「……。」

「とにかく、もう一度揉んでちょうだいっ。」

「マム。イエスマム。」


さっきの発言は聞かなかったことにして、僕は再び部長の肩に触れる。

 先程ほぐしていたこともあるが、部長の肩は柔らかくてほぐす必要もないと感じた。


「旭(あさひ)ぃ、早く交替しておくれよ……。私も可愛い後輩に丹念に揉んでもらいたいんだよ。」

「肩をね。残念だけど、これは私が勝利して得た権利だから譲れないわ。」

「えー……。ケチな部長だなぁ……。」

「悔しかったら、貴方も優君と勝負して肩を揉んで貰えば良いじゃない?」


部長はそう言ってツンと顔を背けてしまった。


「勝負なんてしなくても、優君は私のことが大好きだから頼めば揉んでくれるよね?」


肩に手を置かれ、そう囁かれる。背筋が思わずゾッとするのを感じた。


「え、ええ……。まぁ、肩であればいくらでも揉みますけど……。」

「ふふ、肩以外でも良いんだよ?」


さながら蛇に睨まれた蛙の様に、顔を近付けられ上目遣いに見据えられると動けなくなってしまう。

 ドギマギする僕の腹部に、突如部長の肘が突き刺さる。


「こーら、手が止まっているわよ。」


部長に睨みつけられ、慌てて肩を揉み始める。

 こういう状況を両手に花と問うのだろうが、その実、同好会の先輩二人に揶揄われているだけである。

 難儀なものだと心の中で溜息を吐きつつ、僕は黙々と部長の肩を揉み続けるのだった。

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