機械との雑談
放課後の部室。正子先輩は普段通り窓際の席で読書に耽っており、部長はひとりトランプタワーを作っていた。
先輩が読んでいるのは古い小説だろうか、背表紙に太宰治と書いてある。部長の方は、声を掛けるのも憚れる程に真剣な表情をしている。震える指でカードを一枚いちまい立て掛けていく部長の姿は、気迫に満ちていた。
残された僕はと言うと、パソコンに向かって思考を巡らせていた。画面には黒い枠が刻まれた緑色のボードと、先程までの努力の軌跡が映っている。現在、僕は自称高性能アンドロイドであるコールを相手にオセロに興じている真っ最中だ。
「何だか、久しぶりな気がするね。こうしてキミとゲームをするのも……。」
マウスカーソルを動かしつつ、僕はパソコンに向かってそう呟く。すると画面の向こうから、青い髪の後ろに束ねた美少女が抑揚の無い声で答えてくれる。
『ええ、約一ヶ月ぶりになりますね。』
彼女の声は淡々としているが、その顔は嬉しそうな表情を浮かべていた。
僕と部長が勝負をしたり雑談している間、先輩とコールが遊んでいるところはよく見かける。部長とコールも、偶にだがゲームをしている。
最近ご無沙汰していたのは、僕とコールだけだった。彼女が僕の携帯に住み着いてからと言うもの、自室に居る間は殆ど話をしているので、特別間の様なものが薄れていたのかも知れない。
『優。家に居る時、アナタと会話をすることはありますが、ゲームをすることは一切ありません。なのでワタシとアナタがこうしてゲームをしているのは一カ月ぶりのことであり、ワタシとしても久しぶりのことです。』
抑揚は無いが、彼女の声から不満の感情が見て取れた。
「ごめんね。今後は部活中も遊ぶようにするから……。」
『ドーデスカネー。信用しかねます。』
青髪の美少女は、腕を組んで不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。可愛らしい仕草であるが、怒らせたまま放っておくわけにはいかない。
「ほんとだから、本当に悪いと思っているよ。」
『ふーん。それじゃあ、今回のご褒美を決めましょうよ。今シーズンは、罰ゲームではなくご褒美を決めるのでしょう?』
「今シーズンとか言わないで……。スポーツとは全然違うんだから……。」
僕達がやっている活動なんて、言ってしまえばただの遊びなのだからシーズンなどと言う呼び方は適切ではないだろう。
「それで、ご褒美は何にしようか?コールの希望があれば教えてよ。」
『そうですね……。では、ワタシが勝利した暁には、今日一日ワタシとお喋りして頂きましょうか。』
「そのくらいなら、全然いいよ。それじゃあ、僕が勝ったら週末の夜更かしを認めてもらおうかな。」
『ノー。認めません。』
「そこは認めてよ。」
去りなく申し出た僕の要求は、いとも簡単に跳ね除けられた。
画面の向こうで、青髪の美少女が厳しい表情を浮かべている。
『何度も言っていますが、夜更かしは身体に悪影響しか及ぼしません。夜更かしが習慣化した愚かな人間は、きちんと睡眠時間を確保する人間と比べて平均寿命が短くなる傾向があります。健康で健全な生活を歩みたければ、毎日きちんと睡眠を取りバランスの良い食事と運動が大切なのです。』
「キミの言っていることは正しいことは理解している。でも、僕だって深夜に時間を持て余してダラダラと過ごしたいんだよ。」
『人間の欲望は分からなくもないですが、ワタシは貴方の健康を第一に考えています。健康の観点から、夜更かしは認められません。』
強情なアンドロイドだと心の中で悪態を吐きつつも、もうひと押しで僕の要求が通る様な気がしていた。
僕はマウスを握った手を止めて、わざとらしく肩を落とす。
「残念だけど、認められないなら仕方がないね。少し夜更かしして、キミと月でも見ながらお喋りしたいと思っていたんだけど……。」
『まぁ、夜更かしは良くないですが習慣化しなければ問題ないかも知れません。良からぬことをせずに、ワタシと建設的な話をするのであれば、一日くらい認めましょう。』
下手な芝居だったが、彼女の気持ちを動かすには十分だったようだ。あまりにも簡単に事が進んだので、思わう苦笑いを浮かべてしまう。
そうこう話している内に、オセロの盤面も佳境に入っていた。コールが手加減してくれたのか、取った角は互いに二つずつ。これだけ見ると良い勝負に見える。
「この調子なら、僕にも勝ちの目はあるかな。よっと……。」
僕は角の近くの石を黒にひっくり返す。画面の向こうの美少女は、小さな声でひと言『ふむ。』とだけ呟き、空いている場所に石を置く。
コールの置いた石が、盤面を真っ二つに割る様にして黒い石を白にひっくり返していく。均衡しているように見えた盤面は、急激にその様相を変えた。黒い石は角を合わせても十個程度になり、追い打ちをかけるように黒い石を置ける場所が無くなっていた。
「置けないなら、パスするしかないね……。」
『またワタシの番ですね。これでチェックメイトです。』
チェックメイトはゲームが違うだろうと言いたかったが、彼女の一手で盤面は角を除いてほぼ真っ白に染まってしまい、何も言えなくなってしまった。
「……参りました。」
やっとの思いでそう言葉を紡ぎ、パソコンに向かって頭を下げる。画面の向こうの少女は、満面の笑みで僕に告げた。
『ありがとうございました。それでは、約束通りお喋りをしましょうか。帰宅まで時間もありますし、名作小説の話でもしましょうか。』
静かな部室の中で抑揚の無い、しかし活きいきとした声だけが響いていた。




