心機一転
名残惜しくも夏休みに別れを告げた九月の一日。私立青丈高校も、何事もなく二学期に突入した。
二学期初日。朝一から始業式があり、課題を徴収した後に定期テストが行われる。テストは五科目を二日にかけて行われ、初日は二科目だけやって午前中で解散である。
テストを終えた僕は、荷物を纏めて部室に向かう。成績に関わらないとは言え、勉強していたので多少の手ごたえはあった。課題も、何の不備も無く提出で来た。
心に余裕を持てた心境。言うならば、肩の荷が下りた状態だろう。
部室の扉を開けると、いつも通りの風景が僕を迎えた。部長は教室の中心でトランプを弄んであり、正子先輩は窓際の席に腰を下ろし読書に耽っている。
「あら優君お疲れ様。テストや課題は問題なかったかしら?」
部長は僕の顔を見ると、にこやかにそう話し掛けて来た。
「お疲れ様です。課題は問題無し、テストの出来はそこそこってところですかね。そう言う部長はどうだったんですか?」
荷物を置き、いつもの席に腰掛けつつそう答える。ついでに、部長に居残りばどの心配がないか聞いておく。
「私?テストは大体九割くらいかしらね。課題もいつも通り期日に提出したわ。」
「いつも通り、ねぇ……。」
溜息交じりに口を挟む正子先輩の言葉を無視しつつ、部長は話を続ける。
「それよりも、二学期が始まったわね。遊興同好会一同、心機一転これからも頑張っていきましょう。」
ただ遊びに興じるだけの同好会だが、何を頑張ればいいのだろうか。
そんな疑問を浮かべてみるが、部長は僕の様子など知らずに目の前に腰を下ろした。
「さてと、そう言う訳でゲームをするわよ優君。今回はスピードをしましょう。勿論、ルールは把握しているわよね?」
「見くびらないで下さい。カードの山を半々に分けて、四枚ずつ公開する。互いに公開したカードから一枚を二人の間に置く。置いたカードに数字が続くようにカードを出して、後悔しているカードが減ったら山から補充する。それで会っていますよね。」
「オーケー。説明ありがとう。」
部長はトランプの束からジョーカー二枚を抜いて、正子先輩のいる方向に投げ飛ばした。カードは真っ直ぐな直線を描き先輩の顔を目掛けて一目散に飛んでいく。
正子先輩は手に持った文庫本に視線を落としたまま、右手の人差し指と中指で二枚のジョーカーをキャッチする。
「何の冗談かな?」
先輩は鋭い視線を向けるが、部長は意に介さずにカードをシャッフルする。
「混ぜちゃいけないから持っておいて。」
「はいはい……。」
先輩はそれ以上何も言わずに、再び本の世界に意識を向けた。
カードを混ぜ終えた部長は、山を二等分に分けて片方を僕の方に渡す。
「それじゃあ、始める前に今日の罰ゲームを決めましょうか。」
「そうですね。思考力より反射神経と手の速さがものを言うゲームですからね。ゆっくり罰ゲームを決めている暇もないかも知れませんね。」
渡されたカードの山を軽くシャッフルしつつ僕はそう答える。
スピードをやるのは、恐らく小学校低学年以来のことだ。加えて僕は反射神経が良い方でも無いので、出来るだけ当たり障りのない罰ゲームにしなければ。
「今回は新学期初の罰ゲームですから、少し軽めのものにしませんか?」
僕の提案に、部長は微妙な表情を浮かべた。
「逆じゃあないかしら?新学期初のゲームだからこそ、相応しい罰ゲームにするべきよ。例えば、負けた方は気になる人に連絡先を聞くとか……。」
「僕、今は恋愛をする予定は無いって言いましたよね。」
「さぁ、そんな事言っていたかしら。夏の思い出と一緒に、心の隅に置いて来てしまったわ。」
少し詩的な事を言えばどうにかなると思ったのだろうか。部長は窓の外に広がる晴れた空に目を向けている。
「兎も角、多少なりと重い罰ゲームは許容しますが……。もっとこう、違うものにしましょうよ。」
懇願するようにそう訴えかけると、部長も腕を組んで考える仕草を見せる。
「そうはいってもねぇ……。新学期の最初の罰ゲームだから、普段みたいになぁなぁで済ませるのも気が進まないのよね。ジュースを買って来てもらっても良いんだけど、それだといつも通り過ぎるわよね……。」
「僕はそれでも良いですけどね。もしくは負けた人が罰ゲームを被るんじゃなくて、勝った人がご褒美を享受するのはどうでしょうか?」
僕がそう言うと、先輩はピンと人差し指を立て僕の方に向ける。
「それ良いわね、採用するわ。流石は優君、優秀な後輩を持って私も鼻が高いわ。」
咄嗟の提案だったが、褒められたので良しとしよう。
そう言う訳で、遊興同好会は二学期の間、勝者にご褒美を設定することにした。二学期中はお試し期間として、全員が良いと思えば三学期以降は罰ゲームと半々にしようと言う話になった。
「さて、それじゃあ気を取り直してご褒美を決めましょうか。優君、何か良い案はあるかしら?」
「うーん、そうですねぇ……。あ、僕が勝ったら頭を撫でて貰いましょうか。」
以前部長や先輩の頭を撫でたことを思い出し、そう言ってみる。
「なら、私が勝ったら帰るまでずっと頭を撫でて貰うわね。」
部長もそう言って、眩しい程の笑みを浮かべる。
「せーの、スピード。」
新学期、遊興同好会のスタートは僕達の掛け声で幕を開けた。




