夏休み最終日
夏の終わり。正確には、夏休みが終わる日。
僕はひとりで整備されていない山道を登っていた。山道を超えると、清掃された古い石階段。その頂上には大きくは無いが綺麗な鳥居があり、神社が一件ひっそりと建っている。
神社の境内では、巫女装束に身を包んだ少女が竹箒でゴミを掃除している。僕の友人であり、後輩になる予定の少女だ。
少女は僕を見つけると、パタパタと小走りで近づいてきた。
「優さん、こんにちは……。」
「こんにちは、白亜ちゃん。」
僕は彼女の名前を呼びつつ、笑い掛ける。白亜ちゃんは顔を紅くしながら、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……。本日はどういったご用件で……。」
少女は上目遣いに、そう問い掛けてくる。何か具体的な目的がある訳でもないので、僕は言葉を濁しつつ答える。
「えっと、今日は散歩がてらお参りにね。夏休み最終日だし……。」
神様を前にして、暇つぶしで来たなどと言えるはずもない。あくまで、お参りに来たと言うことにしておく方が良いだろう。
白亜ちゃんは僕の顔を覗き込み、可愛らしく首を傾げた。
「優さん、その頬どうしたんですか?何だか、赤くなっていますけど……。」
「あぁ、これね……。」
僕は頬を抑えつつ苦笑いを浮かべる。つい先程、午前中にできた痕だがまだ少し痛む。
「少し悪ふざけした報いなんだよね。」
僕がそう言うと、彼女はキョトンとした表情を浮かべた。
取り敢えず拝殿へ行き、参拝ををする。合宿でお世話になった礼と、これからもどうぞ見守っていて下さいと言う挨拶の様なものである。賽銭箱に投げ入れるお金は、少し奮発して百円。
管理人の青嵐さん曰く、金額や効果の種類などは大した問題ではないらしい。私財を神様に捧げる、その人間の心が大事なのだそうだ。因みに、一円玉だと神社側が損してしまうらしく複雑な心境なのだとか。
話を戻す。参拝を終えた僕は、白亜ちゃんの提案でいつもの休憩室に通された。
畳の上に腰を下ろした僕は、白亜ちゃんに頬に残った痕のことを話す。部長達に気になる人について聞かれて、ふざけて答えたこと。その結果二人から思い切り引っ叩かれてしまったことを、僕は身振り手振りを交えて話した。
肝心の好きなタイプについては、ぼかして話しておいた。その場凌ぎで適当に言ったことを、詳しく話しても仕方がないと考えたからだ。
白亜ちゃんは僕の説明に対して、適度に相槌を打ちながら聞いてくれた。聞き上手の、良い後輩だ。
ひと通り話し終えた後、白亜ちゃんは口を開いた。
「それは、何と言うか災難でしたね……。まぁ、乙女の純情を弄んだことも、決して良いとは言えませんが。」
「純情だったのかな……。単純に揶揄いたかっただけじゃない?」
ニヤニヤしながら顔を近付けてくる二人の姿を思い浮かべて、僕はそう呟く。しかし、彼女は僕に顔を近付けつつきっぱりと言い切る。
「女の子は、そう言うものなんですっ。」
「そう言うものって、そうなのかな……?」
仲の良い異性は揶揄いたくなるものなのだろうか。だとすれば、白亜ちゃんにもそう言う願望と言うか欲求の様な物があるのだろうか。気にはなるが、聞いてみるのも何だか怖い。
「そう言えば、白亜ちゃんにも好きなタイプとかあったりするの?」
「ふぇ、ええっ……。」
僕がそう聞くと、彼女は咄嗟に顔を紅くして後ろに仰け反った。
顔が近くて少し緊張していたので、距離が離れてひと安心だ。そう思っていると、休憩所の扉が急に開く。
「秋月さん。最近の孫のことなんですがね。この子、家に居る時はぼんやりと何かを思い浮かべている様なんですね。話し掛けても上の空で、もう恋する乙女って感じなんですよ。時折人の名前を呟くんですがねぇ、その名前ってのが……。」
「おじいちゃん。いらんこと言わんでよ……。」
「ばってん白亜ちゃん、こぎゃんとはハッキリゆうた方がよかっちゃなかと?」
「よかけん、戻ってよ。」
神社の管理人である青嵐さんは僕に向かって捲し立てていたが、白亜ちゃんの手によって部屋から追い出されてしまった。白亜ちゃん共々、言葉の節々が分からなかったが僕が聞いて良いものなのか。
「あぁ、秋月さん。なんて無かばってん、ゆっくぅしてって下さいな。」
青嵐さんの言葉を残し、休憩所の扉はピシャリと閉められた。
顔を紅くした白亜ちゃんは、息を荒げつつ僕の前に座る。
「あの、さっき青嵐さんが話していたのって……。」
「知りません。」
「いや、でも……。誰かの名前を呟いていたって……。」
「知りません。これ以上聞くなら怒りますよ。」
涙目の少女に睨みつけられ、申し訳ない気持ちになる。
これ以上この話題について話しても仕方がないので、無理矢理話題を変える事にする。
「そう言えば、もう夏休みも終わりだね。長くも感じたけど、今思うとあっと言う間だったよね。」
「確かに。でもお友達も出来て、充実した夏休みを過ごせました。」
白亜ちゃんは不機嫌な表情から一変、可愛らしい笑みを浮かべる。
「二学期に入ったら、体育祭に文化祭と忙しくなるね。」
「はい。正直面倒ではありますが、だからと言って無気力に取り組んでいいものでもありませんからね。私なりに頑張ろうと思います。」
「……偉いね、白亜ちゃんは。」
前向きな彼女の意見に感心しつつ、僕は明日以降の学校生活に心を躍らせるのだった。




