空想上の理想
夏休みもいよいよ終わりが見えてきた八月下旬。僕はいつもの様に朝から学校に赴き、部室でゆっくりと過ごしていた。
部長も夏休みの課題を既に終わらせている為か鼻歌交じりにひとりでソリティアに興じており、正子先輩はいつもの様に窓際の席で読書に耽っていた。
僕はと言うと、二人の様子を見つつノートに向かってペンを走らせていた。新学期始まってすぐに実力テストがあるので、その準備である。
「真面目だねえ、優君。」
部長はそう言っていたが、実際のところ家に居たら勉強する気が起きないので、部室に居る時にやっておこうと言うだけのことである。
時刻は午前十時を過ぎたあたり。部長はソリティアを終えたのかトランプをシャッフルしながら僕の方に目を向ける。
「ねぇ優君。私、手持無沙汰になっちゃったわ……。」
「僕にそう言われても……。なにも良い案もないですけど……。」
「良いのよ。私の話し相手になってくれれば。」
部長はそう話しつつ、僕の前に腰を下ろす。
両手を机の上に置き、軽く首を傾げつつ口を開く。
「さて優君。貴方は今、恋をしているのかしら?」
何かと思えば思いもしなかった話題であり、少し拍子抜けである。
「唐突ですね……。今、恋はしていませんよ。する予定もありませんよ……。」
「ふうん。どうかしらね……。」
部長は僕の言葉を信じていないのか、怪しい笑みを浮かべている。
「口ではそう言っていても、貴方の心はどうかしらね?ほら、いるんじゃないかしら。目が合うだけでドキドキしちゃうような、そんな人がさ……。」
「いや、そんなことは……。」
「そんなこと言わずに、ほれほれ……。」
部長はニヤニヤと笑いながら、人差し指で僕の頬をつつき始める。
「ふむ。何やら面白い話をしているみたいだね。」
僕が部長につ疲れていると、正子先輩が文庫本を片手に歩み寄って来た。
「恋の話か。是非とも私を混ぜて欲しいものだ。これでも、恋愛小説の類も読み漁っていてね……。」
先輩はそう言うと、持ってきた椅子を僕の隣に置きそのまま腰掛ける。
「それで旭よ、優君の好きな人について話していたのかな?」
「ええ、そのとおりよ。」
頷き合う二人に、僕はピシャリと口を挟む。
「違いますよ。僕は現状恋していないし、する予定もありません。」
「えぇー。そんなこと言っちゃって……。」
「本当の所はどうなんだい?白状すれば楽になるよ。」
二人が借りで両側の頬をつつかれながら、僕は眉を顰める。
両側の頬を押されていては話し辛いが、兎に角弁明をしなければ。
「お二人とも……。そろそろ止めて頂けると……。」
僕がそう言うと、二人はすぐに手を離した。
「そうだね。このままじゃ優君も話し辛いだろうし……。」
「ふふ、私達って話が分かる先輩ね。」
「話が分かるのなら、僕をツンツンする必要は無かったんじゃないですか?」
頬を抑えつつ、そう訴える。不思議な感覚が残っていて、変な気分だ。
それは良いとして、部長と先輩は顔を見合わせて笑い合っている。そんなに、僕を揶揄うのが楽しいのだろうか。
「それで、話を戻すんだけどさ。百歩譲って貴方に好きな人が居ないとしても、多少なりと気になる人、好きなタイプとかいるんじゃないかしら?」
「好きなタイプ、ですか……。」
僕は天井を仰いで考える。好きなタイプなんて、ある種の誘導尋問だ。具体的に答えてしまえば、この高校に通っている生徒、僕と関りがある人間から洗われて存在しない意中の人を作り上げられてしまうだろう。
考えた末、僕は当たり障りのない答えを出すことにした。
「僕の好みの人は、そうですね……。」
誰にも当てはまらない。僕ですら思い当たらない女性像を思い浮かべつつ言葉を続ける。
「まずは頼りがいがある人が良いですね。僕ってこんなのですから、引っ張って行ってくれるような女性が良いです。」
「ほう。私みたいに頼り甲斐がある女性ね。」
「ふむ。私の如く頼り甲斐のある女性か。」
二人はそれぞれ頷き合っている。今話しているのは二人のことでもないのだが。
二人を無視して、僕は話を続ける。
「次に、背が高い女性が良いですね。僕よりも高い方が良いですが、同じくらいでもいいですね。」
「ほうほう。私も自慢じゃないけれど女子の中では背が高い方かも知れないわ。」
「ふむふむ。私も、同級生と比べると身長がある方かも知れないね。」
いちいち口を挟まれると話が進まないのだが。文句を言っても仕方がないので、構わずに話を続けよう。
「成績優秀とまでは言いませんが、それなりに頭が良い女性が良いですね。あくまでお付き合いするならの話ですが。」
「ほうほうほう。まぁ自慢する訳じゃないけど、私はこう見えて頭が良いのよね。」
「ふむふむふむ。知っているとは思うけど、私は成績優秀でかつ授業態度も良好でね。」
鼻息荒く顔を近付けてくる二人を前に、僕は小さく深呼吸をした。
「最後になるんですが……。」
更に顔を近付けてくる二人に、僕は意を決して口を開いた。
「金髪でエッチな女性が理想ですね。」
言い終えると同時に、両側から平手が飛んできた。期待を裏切ったからには、何かされるとは予想していた。しかし、それに対応できるほど僕の反射神経も運動神経も鋭くは無かった。
「飲み物買って来る。」
「せいぜいそこで待っていなさい。」
左右から衝撃を受けて真後ろに倒れる僕を尻目に、部長と先輩は教室を出て行ってしまった。すぐに戻って来るだろうから、謝る準備をしておいた方が良いかも知れない。




