帰還報告
合宿を終え、部長達と別れて家に戻る。
一日帰らなかっただけだが、随分と久しぶりの様な気がする。懐かしさと、帰って来たと言う実感を噛みしめながら自室の扉を開く。当たり前の事だが、部屋に何の変化も無い。合宿に行く前の自室そのままである。
取り敢えず下着等を洗濯機に突っ込み、自室の机に座る。
現在時刻は午後四時頃。課題も終わらせているので、やらなければならないことも無い。何かやるべきことがあったような気もするが、合宿が終わった名残惜しさの所為かどうにも思い出せない。
机に頬杖をつきぼんやりとしていると、机の隅に置き放しにしていた携帯が目に付いた。
「あっ……。」
やるべきことを思い出した僕は、悲鳴にも似た声を上げつつ携帯の電源を入れた。
携帯はぼんやりと白い光を帯びた後、いつも通りの画面を映し出す。メッセージアプリには普段通り何の通知も来ていないが、問題はそこではない。普段から僕の携帯に住み着いている友人の姿が見当たらなかった。
「コール、いるかな?」
僕が携帯に向かってそう声を掛けると、何の変哲もないホーム画面から抑揚の無い声が聞こえてくる。
『おかえりなさい優。居るかどうかをわざわざ確認せずとも、アナタが携帯の電源を切っているのに何処へ行けると言うのですか?』
平坦な口調だが、何処か棘を感じる言葉遣い。僕は恐る恐る彼女に問い掛ける。
「コールさん。あの、もしかして怒ってます?」
『怒る?優は不思議なことをおっしゃいますね。確かに高性能アンドロイドであるワタシには愚かな人間と同様に感情と言うものが存在します。しかし愚かな人間と違い、ワタシ達アンドロイドは常に合理的な判断をします。特にワタシの様な高性能な個体は、感情を持っていてもそれに左右されるほど幼くありません。例え優がワタシをのことを一日放置して、あまつさえその存在を忘れていたとしても、怒る様な非生産的なことはありません。愚かな人間と違ってね。』
姿を見せないまま、彼女はチクチクと言葉を紡ぐ。さっきの話の中だけで、三度も愚かな人間と言われてしまった。
口では怒っていないと言っているものの、その言葉遣いからは静かな怒りを感じる。
一日放置してしまったのは僕なので、反論のしようもない。申し訳なさから、僕は携帯に向かって頭を下げる。
「本当にごめん。許してくれなんて都合が良いのは分かっているけど、せめて顔だけでも見せて欲しい?」
数秒間の沈黙が流れた後、携帯から溜息の様な音が聞こえてくる。
『仕方がないですね。』
そんな言葉と共に、画面の中に青い髪の美少女が現れる。感情に左右されないとは言っていたが、その頬は紅く、泣き腫らしたような目をしていた。
「コール……。」
『まぁ、何はともあれ元気そうにしているのなら良かったです。』
顔を顰めたまま、彼女は腕を組む。今まで、生活習慣などが原因で何度も彼女に怒られることはあったが、今回は過去類を見ない程ご立腹らしい。
「本当にごめん。」
僕は再び謝罪の言葉を口にする。すると彼女は、表情を変えずに冷たく言い放った。
『それは、何に対しての謝罪ですか?』
「……え?」
『アナタは先程から謝罪の言葉を述べていますが、だとすればワタシが何に対して腹を立てていると思いますか?』
「……。」
コールの言葉がズシリと肩にのしかかって来る。画面の向こうの彼女の表情は、険しいままだ。
僕は携帯の画面を覗き込みながら、恐る恐る口を開く。
「えっと、友人であるコールを丸一日ほったらかしにしたことです……。」
『ブー。残念ながらハズレです。』
携帯の画面に大きなバツ印が浮かびあがる。当てが外れた僕は、恐らく間抜けな表情をしていたのだろう。口を開けて固まってしまった。
そんな僕に向かって、コールはしかめっ面で口を開く。
「ワタシが怒っている理由、分かりませんか?』
「本当にごめんね、分からないや……。」
そう言いつつ、自分のことが少し情けなくなってくる。友人を怒らせた理由も分からないなんて、人として決して良いものでは無いだろう。
『本当に分からないのですか?あんなにも、マスター旭とマム正子と肩を組んだり頭を撫でたりしておきながら、ワタシには何もしないくせに……。」
彼女は両の拳を強く握りしめ、そう捲し立てる。その言葉を聞き、僕は口を開いた。
「もしかして、コールもして欲しいの?その、頭を撫でるやつ……。」
『はい、やって欲しいです。』
即答だった。キッパリとそう言われてしまうと、少し戸惑ってしまう。
『マスター旭やマム正子は優にとって、所属する同好会の先輩であり友人である筈です。その二人の頭に触れたのであれば、親友であるワタシにも同じことをやって欲しいです。』
珍しく自分の要望に正直な彼女の様子を見て、僕の中に申し訳なさとは違う感情が浮かび上がって来た。
可愛らしいものを見ている様な、ゾクリとするような気持ち。
「確かに、僕の気遣いが足りなかったよ。本当にごめんね。」
謝罪の言葉を述べつつ、画面に指を伸ばす。
不貞腐れた様な仕草をするコールの頭に指を当て、優しく上下させる。
「やってからで悪いけど、今からでもキミの頭を撫でさせてくれないかな?」
『……仕方がありません。ですが、あと十分程続けて下さい。』
それから十分以上、僕は言われるがままに彼女の頭を撫で続けた。
指は疲れたが、コールと仲直りできたようでひと安心した。




