語尾と一人称
部長とのオセロ勝負で完膚なきまでに叩きのめされた僕は、読書に耽る正子先輩の元へと向かった。
「ん、どうしたのかな優君。私に何か、用事でもあるのかな?」
文庫本から顔を上げた正子先輩に向かって、僕は絞り出すように声を出した。
「あのう先輩。ぼく……お、俺とオセロで、勝負して欲しいんだぜ……?」
言い終えない内に、彼女僕の顔から目を逸らす。
「んふ……どうしたの、その話し方……んふふふ。ど、どうせ旭の差し金だと思うけど……ふふ。」
正子先輩は口元を手で押さえ、笑いを堪えている様子だ。
いつもクールな先輩が乱れるのも珍しいので、追い打ちをかける事にする。
「部長との勝負の結果、負けてこんな話し方になっちゃっだんぜ。ぼ、俺も慣れなくて困っているんだぜ。いやホントに慣れないんだぜ、これ。」
「ちょっと、待って。ご、ごめん……笑いが……止まらない……んふふふふ。」
先輩は身体を丸めて、小刻みに震えている。
僕の話し方が少し変わっただけで、そんなに面白かったのだろうか。
「部長……。」
助け舟を求めて背後を振り返ると、黒幕は考える人の様なポーズで震えていた。そんなに面白かったのか、ショックを通り越して何か悪いことでもしている様な気分だ。
部長曰く、運の要素が強いゲームは部長が勝つが将棋やオセロの様な戦略が肝となるゲームでは正子先輩の方に軍配が上がるらしい。
「まぁ決して私が弱い訳じゃあ、ないんだけどね。決してね。」
別に疑っている訳ではないが、部長はそう強調していた。
話を戻す。そんな知略に長けた先輩も、笑いを堪えていれば冷静な判断は出来ないだろう。そうすれば、僕にも勝てる見込みがあると言う訳だ。
「兎も角、早くぼ……俺と勝負するんだぜ。折角だから、俺は黒を選ぶぜ。」
語尾はそう違和感も無いが、普段一人称が僕だったので、俺と言うのは意識していても話し辛い。しかしこれも、正子先輩から勝利を手にする為だ。
「いったい何が折角なのか……。んふ、んふふふ……。」
彼女は笑い過ぎた所為か、目に涙を浮かべている。一瞬平静を取り戻したかと思ったが、再び身体を丸めて震え出した。
「せっかく……折角だから……んふふ……。ご、ごめんね。へん、変なツボに入ったみたいで……んふふ……。」
正子先輩は時折膝を叩きながら、悶えている。
五分程しただろうか。正子先輩は肩で息をしつつ僕と向かい合った。
「と、取り敢えず勝負をは、始めようか……ふふふ……。」
まだ完全には回復していない様だ。勝負をするなら今が好機だろう。
「さっきも言ったが、俺が先手を貰うことにするぜ。」
「うん、構わないよ。っふふ……。」
正子先輩は咳払いをして、黒い手袋を着け直す。
「もう夕暮れも近いし、罰ゲームは無しで良いです……だぜ?」
「んふふふ……い、良いよそれで……ふふ。」
彼女は右手を口に当てて、笑いを堪えている。そんな様子を見て、僕は釈然としない気分だった。
言葉遣いがおかしいのは認めるし、普段と違って違和感があるのも分かる。しかしそこまで笑うことなのだろうかと、不思議に思ったのだ。
「ぼ、俺からいかせてもらうんだぜ。」
僕達は交互に白黒の石を置き合う。正子先輩も初めの方は落ち着かない様子だったが、次第に落ち着いてきたのか一手一手が早くなっていた。
段々と黒の、僕の陣営が押し込まれていく。このままではいけないと思い、僕は口を開いた。
「そう言えば先輩。どうしてそんなに笑っていたんだぜ?ぼく……俺の話し方、そんなにおかしかったんだぜ?自分でも違和感があるけど、笑う程のことでもないと思うんだぜ?」
「んふ、その話し方辞めて……。」
正子先輩の石を持つ手が震え出す。そんなに面白いのだろうか。
「いや、あのね……。自覚が無いかも知れないけど、少し話し方おかしい……。それと、その……。」
笑い過ぎた為か、正子先輩は顔は紅く染まっている。
「キミみたいな可愛い子が、俺って言ってみたりだぜて言ってみたり……。笑わっちゃうと失礼なのは分かっているけど……。んふふふ……。」
「僕は可愛く無いですよ。」
思わず素で話してしまった。
男に対して可愛いとは、何とも失礼な先輩だ。憤りは感じないが、納得はいかない。
それはそうと、正子先輩は手を震わせながら石を置く場所に迷っているようだ。このまま畳みかける事にしよう。
「先輩、本当にそこに置いて良いんだぜ?俺はどうかと思うんだぜ。」
「ちょ、ちょっと……んふ。本当に待って欲しい……。そ、その話し方は……んふふ……。」
彼女は再び口元に手を当て、小刻みに震え出した。
「俺はここに置くことにするぜ。角を取りたいんだぜ。取らせて欲しいんだぜ。」
「んふふふ……はぁ、はぁ……。」
過呼吸気味になりながら、正子先輩は石を置いて行く。僕は部長に命じられた言葉遣いで、次々と適当に言葉を発していった。
結果としては、やはりと言うか惨敗。部長とやった時は十数個と取れたが、今回は五つしかとることが出来なかった。
「参りましたのだぜ。」
僕が深々と頭を下げると、先輩は倒れるように椅子から転げ落ち、腹を抱えて笑っていた。




