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白と黒

 放課後の部室。今日は課題なども無く、僕は至って平穏な気持ちで読書に耽っていた。正子(しょうし)先輩も、教室の隅で文庫本を開いており、部長は部室の奥の棚をごそごそと漁っていた。

(ゆう)君、今回はこれで勝負しましょう。」

部長は一枚の板を棚から取り出し、僕の前に置く。

 それはオセロやリバーシと呼ばれているボードゲームのゲーム盤だった。僕はそれを見て、機微を傾げる。

「あの、部長……。」

「ん、何かしら?」

「そのオセロって、まさか学校の備品じゃないですよね?」

僕の質問に対し、先輩は得意気に胸を張る。

「勿論違うわ。これは私の私物よ。他にもチェスや囲碁もあるわよ。」

いくら見回りが来ないとは言え、校内にボードゲームを置いておくのは少々危険な気もするが。

「もし見回りが来ても大丈夫な様に、カモフラージュしているから大丈夫よ。」

僕の不安を察したのか、部長がそう言って来た。

 部長が両手に抱えたゲーム盤に目を向けて、僕は口を開く。

「チェスは何とか分かりますが、囲碁のルールはサッパリですよ。」

「私も同じ。だから囲碁の道具を使うとすれば、安直に五目並べとかかしら……。」

部長はそう言いつつ、オセロ版の横を開き表裏で白黒に分かれている石を取り出した。僕も本に栞を挟み鞄に仕舞う。

 囲碁のルールを知らないのに囲碁を持っていても、宝の持ち腐れではないだろうか。そんな斜に構えた思考は胸の内に仕舞っておくことにする。

「さて、黒と白好きな方を選ばせてあげるわ。」

二色の石を差し出され。僕は少し考える。

 オセロのルールだと、確か黒が先手で白が後手だった筈だ。先手必勝と言っても良いが、生憎僕はオセロにおける定石の類を全く知らない。ここは部長の出方を伺った方が良いだろうと、僕の中でそう結論付けた。

「僕は白にしますね。」

「オーケー、それじゃあ私が黒ね。先手は貰うわよ。」

 流れるように勝負が始まり、僕達は自然と無口になる。静かな部室の中で、パチリ、パチリと言う音だけが木霊していた。

「そう言えばさ……。」

沈黙を破ったのは部長の声だった。

「まだ罰ゲームを決めていなかったわね……。」

二つ目の角を取りながら、部長は呟くようにそう言った。僕はまだ角をひとつしか取れていないが、残ったひとつさえ取れれば、まだ勝機はある。

「罰ゲームですか、そうですねぇ。負けた方が、帰るまで口調を変えるとか。どうですかね。」

「それは面白そうね。じゃあ私が負けたら変えるまでお嬢様言葉で話そうかしら。って、優君そこに置いて良かったの?」

「え、なんでって……っあ。」

部長の黒い石が、横一列に並んだ白の集団を一気にひっくり返す。取り返そうにも、一列全て埋まっているので、中々上手くいかない。

 頭を抱える僕に、部長は無慈悲に話し掛けてくる。

「貴方が負けたら、敬語を止めて一人称を俺にするとかどうかしら。ついでに、語尾にだぜをつけてね。」

そう言いつつ、先輩は三つ目の角を取った。盤面は圧倒的に不利であり、白陣営は青息吐息である。

「むむむ……。」

ここから何とか逆転できないものか。顎に手を当て思考を巡らせる。

 もう投了してしまっても良いのだが、将棋やチェスと違って王手の様なものはない。ならば、出来るだけ粘って、万にひとつの勝ち筋を探そうと考えている訳である。

 黒を二、三枚裏返すと、同じ数かそれ以上を裏返される。もがいてももがいても、決して浮かびあがる事はない。底なし沼にどんどんと沈んでいく様な感覚だ。

「優君、まだ粘るのかしら?」

僕の悪足掻きに、部長もさすがに呆れた様子だ。

「何としても粘りますよ。是が非でも、お嬢様になった部長を見たいので。」

「あら、そう言ってくれると嬉しいそれでこそ、叩き潰し甲斐があるというものよ。」

「物騒な事この上ないや……。いやしかし、僕は粘るよ粘りますよ。」

やる気を再装填したところで、再び底なし沼に足を入れる。途中から部長が手加減してくれたのか、白の陣地が増えてきた様な気がする。

 このまま頑張れば、ひょっとすれば勝てるかもしれない。一縷の希望が見えたところで、僕の手元から石が無くなった。盤面には黒と白の石が疎らに並んでいる。どんなに希望的観測をしたとしても、白が勝っていることはないだろう。

「取り敢えず、取った石の数を数えましょうか。」

「そうですね。結果を数字で表しましょう。」

僕達は自分の色の石を取っていく。そして積み重なった石を、自分の手元に置いた。

「私のは四十八個ね。」

「僕は十六ですね……。参りました。」

深々と頭を下げる。なんだか最近、部長達とのゲームに負けてばかりな気がするが……。その内僕にもツキが回って来るのだろうから、座して時を待つしかないだろうか。

 僕が頭を上げると、部長も深々と頭を下げる。

「ありがとうございました。」

頭を上げた部長は、首を傾けてはにかんだ。

「早速罰ゲームを実行してもらうんだけどさ、折角だしそのまま正子の方に勝負を仕掛けてみない?」

部長の仕草は可愛らしいが、そこはかとない邪悪な気配を感じ取った。

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