遊興同好会夏合宿 そのいち
八月中旬。蝉の声が一層強さを増す夏のある日。
午前九時半頃。僕は部長と正子先輩と共に、街外れの神社に続く石階段を登っていた。
「ふう……。風があるとはいえ、やっぱり暑いわね……。」
額の汗を拭いながら、部長はそう呟く。
「今日から一週間は猛暑日らしいからね……。私も少し堪えるよ……。」
まだまだ元気そうな部長とは対照的に、正子先輩の白い顔はより一層青ざめていた。
目元に影が差しており、今にも倒れそうな様子で一歩ずつゆっくりと石階段を登っていた。
「正子先輩、身体は大丈夫ですか……?」
僕が隣からそう声を掛けると、先輩は無気力な笑みを浮かべた。
「ううん、大丈夫。元々日差しが得意な訳じゃないからね……。少しバテただけさ。」
先輩はそう言うと一度立ち止まり、大きく深呼吸をする。
神社入口の鳥居までもう少し。恐らくは問題なく辿り着けるのだろうが、万にひとつ倒れられては大変だ。
「先輩、肩を貸しますよ。」
僕はそう言いつつ、正子先輩の肩に腕を回す。
「え、あぁ、ありがとう……。」
彼女は一瞬驚いた様な表情を浮かべたが、観念したのか早々に僕に身体を預けた。
「二人とも大丈夫かしら?」
部長は石段の頂上から僕達を見降ろし、そう声を掛けてくる。
「大丈夫です。すぐに行きますよ。」
僕はそう返事をして、先輩の身体を持つようにして石段を登り始める。
正子先輩の負担にならない様に、ゆっくりと石段を一段いちだん上がって行く。
「すまない優君、迷惑をかけるね……。」
先輩は僕の顔を見ずに、小さな声で呟く。申し訳ないと言った印象だった。
「大丈夫ですよ。先輩の身体、軽いですから……。」
軽いと言うより、軽すぎるくらいだ。一体普段何を食べているのだろうか。
身体を寄せ合いつつ、石段を登り切った。遮るものが無くなったお陰か、爽やかな風が僕の頬を撫でる。心地良さから、思わず目を閉じてしまう。
「どうもありがとう。お陰で助かったよ。」
先輩は大きく息を吐き、僕の顔を見て微笑みを浮かべている。
「いえいえ、このくらいであればいつでも……。」
そう言い終えない内に、先輩に肩を抱かれる。
「ふふ、また私がピンチになった時はお願いするよ。」
「呼んでいただければ、その時は何処にいても飛んでいきますよ。」
「人を待たせておいて、随分と楽しそうね。」
話していると前方から声を掛けられる。
声の方に目を向けると、部長が腕を組み僕達をじっと見つめていた。
「お二人さん、イチャイチャするなら人目につかない場所でにしてもらえないかしら?」
「すまないね、旭。しかし、同好会部長としてではなく個人的な感情から来る発言ならば、私は彼ともう少しイチャついていようかな……。」
威圧感を放つ部長を前に、正子先輩は余裕そうだ。
「あら、まるで私が個人的な感情で二人を引き剝がそうとしているみたいじゃない。」
「おや違うのかな?そうだとしたら、もう少し見せつけてやろうと思ったんだけど……。」
部長も先輩も、口元は笑ているがその瞳には不思議な光を宿している。
訳も分からず火花を散らす二人に怯えていると、控えめな声が聞こえてくる。
「あ、あのぅ……。お取込み中の所に、失礼します……。」
巫女装束に身を包んだ少女が、腕をモジモジとさせつつ僕達を見つめている。
僕は二人の間から抜け出して、少女の前に立つ。
「こんにちは白亜ちゃん。今日はよろしくお願いします。」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
白亜ちゃんは慌てた様子で深々と頭を下げる。その様子を見て、部長と先輩も僕の隣に立った。
「私達も、よろしくお願いします。」
「ところで、管理人の方はどちらにいらっしゃるのかな?」
「あ、おじい……管理人はこちらです。」
白亜ちゃんはそう言って、僕達を従業員用の建屋に案内しようとする。
そんな彼女を一度止めて、僕達は神社の拝殿に向かう。
それぞれ小銭を入れて、手を叩き頭を下げる。僕は今回の合宿が上手くいくように、そして今後も平穏でかつ愉快な高校生活を送れるように見守っていて下さいと、名前も知らない神様にそう言って顔を上げた。
「あの、宜しければ……おみくじなんかもいかがですか?」
拝殿に背を向けた僕達に、白亜ちゃんがそう言って来た。その手には木製の小さな箱が握られており、それを控えめに差し出している。
「だ、代金は頂きませんので……。その、お気軽にどうぞ。」
「どうもありがとう。でも、お金はきちんと払うわよ。」
部長の言葉に、白亜ちゃんは勢いよく首を横に振る。
「いえいえ。これでお金を貰ってしまうと、購入を強制したようになってしまうので……。それに、お賽銭まで捧げて頂いていますから……。もう充分です。」
「そう……。正子、優君、どうしましょうか?」
「折角だし、甘えさせてもらうことにしようか。もし気負うのなら、これからも神社に通って還元すればいい。と、私は思うよ。」
「先輩もそう言うなら、そうしましょうか。」
彼女の厚意に甘えて、僕達は木の箱から折り畳まれた紙を出してもらう。
僕達は顔を突き合わせて、同時に紙を開く。
「あら、私は大吉だったわ。幸先が良いわね。」
「ふむ。私は末吉か……。これからに期待だね。」
「僕も大吉でした。なんだか良いことがありそうです。」
紙を広げてそう話す僕達を見て、白亜ちゃんは楽しそうな笑みを浮かべていた。




