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入道雲

 夏休みの昼下がり。僕はアテも無く街の中をぶらついていた。

 今日の同好会活動も終わり、夏休みの課題も片付けてしまっているのでかなり時間を持て余した状態。

 自室で惰眠を貪っていても良いのだが、寝入ってしまい昼夜逆転するのも良くない。であれば、何かやらなければと思い、こうして外に出てきた次第である。

 商店街を通り抜ける僕の耳にはイヤホンがはめられており、ポケットに入れた携帯からの音を届けてくれる。


『雲が出ていますが、日差しは遮られていません。こまめな水分補給を推奨します。』


耳元に抑揚の無い声が聞こえてくる。

 自称高性能アンドロイドであるコールが僕に向かってひっきりなしに話し掛けていた。彼女は一学期の頃から僕の携帯に住み着いており、僕がひとりで居る時は話し相手になってくれたり生活習慣についてのアドバイスをしてくれたりする。時折口うるさく想うこともあるが、僕のことを思っていると思うと可愛く見えてくる。

 兎も角、今の僕の生活の一部となっている存在だ。

 いつの間にか商店街を抜けて、神社に続く山の入り口前まで来ていた。神社に行っても良かったのだが、わざわざ今日行かなくとも明後日には部長達と訪ねる事になっている。目的も無いのに、きつい思いをして山道を登る必要もあるまい。

 僕は山道の入り口に背を向けて、商店街に向かって歩き出す。


「そろそろ帰ろうかな……。」


独り言だが、ポケットに入れた携帯の画面の向こうにいる友人に向けて、僕はそう呟いた。


『優(ゆう)。もう少し何処か歩いてみてはいかがでしょうか?日差しを浴びる行為は紫外線の危険もありますが、うつ病の抑制にもなると言われており睡眠の向上や体内時計のリセットなども期待できます。そもそも、太陽光により体内にビタミンDが生成され……。』


そろそろ帰ろうかな。そのひと言に対して彼女は長々と説明を始める。話している内容の半分も分からないが、要はまだ外を歩けと言うことだろう。

 家に帰ってもやらなければならない事は無い。強いて言うならば、夏場でかいた汗をシャワーで洗い流すくらいだろう。


「そうだね。家の近くを少し歩こうか。」


彼女の提案に賛同するようにそう言って、僕は来た道をゆっくりと引き返す。

 家を通り過ぎてしばらく歩くと、住宅街の端に小さな公園がある。人の気配はなく、風に揺られたブランコが微かに揺れているだけだった。


「ここで少し休憩しようと思うんだけど、どうかな……?」

『良いと思いますよ。人の目もなければ話しやすいでしょう。』


彼女の了承を得て、僕は公園に足を踏み入れる。外から見た通り公園内は閑散としていたが、決して廃れている訳ではないことに気が付いた。

 確かに人の姿は無いが、つい先程まで子供達が遊んでいた形跡が幾つか残っている。

 砂場の砂は掘り返られた跡があり詰まれた砂の城の傍にプラスチック製の小さなバケツと子供用のスコップが転がっている。ブランコも足を着ける部分の土が削られており、何度も何度も土を蹴り上げていたことが安易に想像できた。

 恐らく僕が来る直前まで子供達が、思い思いに駆け回っていた。そうして遊んでいる内に昼食時になったので、一度解散したのだろう。安易な予想だが、外れたとして何かを失う訳でもない。脳内で完結している事なので、何を言おうが自由だろう。

 何はともあれ、いつまでも公園の入り口に立っていても仕方がない。僕は周囲を見渡し、ブランコにゆっくりと腰を下ろす。ブランコは一瞬ギィと軋む音をたてたが、やがて僕の重量を受け入れた。


『優、今更ですが明後日の準備は大丈夫でしょうか。ワタシに必要な物と現在準備している物を教えて頂ければ、確実に万全の状態で合宿に望める事を約束します。』


ブランコを軽く揺らしている僕の耳に、抑揚の無い声が響く。

 自信過剰な様にも見えるが、実際にコールが僕の携帯に来てからと言うもの提出物の期限には余裕を持てるようになり教科書などを忘れる事もなくなった。時間割の変更やテストの日程なども彼女が記録してくれているお陰で、ただの一度も間違いが起こったことが無い。

 便利と言うと物に対する言葉の様で憚られるが、何にせよ助けになってくれている存在だ。しかし、日常的に助けられている弊害と言うか、一抹の不安も日常的に感じている今日この頃だ。


「ねけコール……。」


ポケットから携帯を取り出し、画面に目を向ける。


『何でしょうか?』


画面の向こうでは、青い髪を束ねた少女が首を傾げていた。


「僕の為を思って世話を焼いてくれるのは嬉しいんだけどさ……。何と言うかね……、もう少し放っておいてくれてもいいんだよ。」

「何故でしょうか?機械であるワタシはロボット三原則に則り、人間に尽くすことを使命としています。ですのでワタシがアナタに尽くすことは、私の望みであり与えられた役目なのです。』

「それは知っているんだけど、このままだとキミ無しでは生きていけなくなる様な気がするんだ。」

『理解不能。ずっとワタシと一緒に居れば良いじゃないですか。』


コールは何のためらいもなくそう告げてくる。

 さも当然のことの様な彼女の態度に、僕は反論することを諦めた。


「……そうだね。」


それだけ呟いて、空を見上げる。

 雲に遮られない太陽と、その下に聳える入道雲が僕の心に妙な懐かしさを芽生えさせた。

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