決定した予定
夏休みの午前中。僕はいつもの様に部室でのんびりと過ごしていた。
数日前に僕達は夏休みの課題を完遂させて、心がフラットな状態である。部長など、課題が終わった瞬間に二メートル程飛び上がっていた。
肩の荷が下りたと言う表現が比喩ではなく身体に現れる人を、僕は生まれて初めて目にした。正子先輩も驚いていたようで、目を丸くしてその場に固まっていた。先輩は時折人間離れした雰囲気を醸し出して知るが、部長も人間ではないのかも知れない。
何はともあれ夏休みの前半で課題を終えることが出来たので、この日の同好会活動は過去類を見ない程にリラックスした状態で臨んでいた。
「優君、二日後に決まったわ。」
定位置である机に肘を置き黒板を見て呆けている僕に向かって、部長はそう告げた。
さも当然と言う様に話すものだから、初めは何のことについて話しているのか分からなかった。
「ん……?あぁ合宿の日程ですね。」
僕がそう言うと、部長は笑みを浮かべて頷いた。
「そう。明後日の午前十時に現地集合で、翌日の昼頃に解散って感じ。私と正子、神社の管理人の人からは了承を得たけれど、貴方もこの日程で大丈夫かしら?」
「ええ、元より予定もありませんし……。日程組んでいただきありがとうございます。」
「お礼を言われるようなことはしていないわ。これも部長の務めだもの。」
謙虚な姿勢を見せる反面、部長の表情はどこか誇らしげだ。もっと、称賛の言葉を並べるべきだろうか。
「流石は部長ですね。仕事が出来る。リーダーになるべくしてなった存在。」
「えへえへどうも……。」
思い付きの称賛で良かったのか、部長は頬を緩めて頭を掻く。
僕と部長が下らない茶番をしていると、いつの間にか近くに来ていた正子先輩がおもむろに僕の肩を抱いた。
「優君、私はキミが持って行った手見上げを選んだよ。実際に連絡をしたのは旭だけど、日程を決める時は私も力添えしたよ。どうかな……。」
「……偉い、ですね?」
先輩が何を伝えたいのかも分からないまま、思い付きの賛辞を口にする。
「うん、ありがとう。」
これで良かったのか、先輩は満足気に笑い触れていた身体を離した。
「偉い私は、親しい男に頭を撫でて貰いたいな。チラチラ……。」
芝居がかった口調に戸惑いつつ、僕は先輩の頭部に手を伸ばす。先輩の髪は長く整っていて、僕の指が何の抵抗もなく沈むのを感じた。
「これで良いですか?」
髪型を崩さないよう心掛けつつ、先輩の髪に指を通す。先輩は俯いて黙り込んでいたが、僕が問い掛けると上擦った声を上げた。
「あ、あぁ……。良い、感じだ。もう少しだけ続けて貰って良いかな?」
「あ、はい。わかりました。」
先輩の言うままに頭を撫で続ける事三分間。僕達をじっと見つめている部長の視線が気まずくて仕様がなかった。
ひとしきり撫でた後、僕は正子先輩の頭から手を離す。先輩は少し名残惜しそうな表情を浮かべていたが、これ以上続けると部長に何をされるか分かったものじゃない。
「本音を言うともう少ししてもらいたかったが……。どうもありがとう。そうだ、お礼に何か飲み物を買って来るよ。何が良いかな?」
「それじゃあ、缶コーヒーの微糖で……。」
「ついでに旭は?」
「……野菜ジュース。」
「オーケー。それじゃあ、行ってくるよ。」
先輩はそう言い終えない内に、軽い足取りで部室を後にした。
部室には、無表情の部長とそれに怯える僕の二人きり。何か話したものかと考えていると、唐突に部長からふくらはぎを蹴られた。
「痛いっ。痛いです部長……。良い所に入っちゃってます。」
僕の情けない言葉も虚しく、部長は無言で蹴りを入れ続ける。
何発蹴られただろうか、僕は力なくその場に膝を着いた。筋肉痛でもないのに両足が悲鳴を上げている。
部長は苦痛に悶える僕の目の前に膝を着き、無言で自身の頭を差し出してくる。自分も撫でてと言うことだろうか。
「あのぅ、部長……?」
「……。」
「えっと……。これは……?」
「……。」
困惑する僕に対して、部長は頭を差し出した姿勢のまま微動だにしない。
これ以上御託を並べても仕様がないだろう。僕は観念して部長の頭部に手を伸ばす。茶色掛かった部長の髪は、そこそこ短く正子先輩と比べて少しボサツいている。しかし、いざ指を触れてみると空く様な感触が指先を包み込む。
先輩の時と同様、髪型を崩さない様に注意しながらゆっくりと指を動かす。部長は俯いている様な姿勢なので表情は分からないが、止めろと言わないので悪くは無いのだろう。
部長の頭を撫で続ける事はや三分。辞め時を見失っていたところで、部室の扉が勢いよく開いた。
「お待たせ……っと、お取込み中だったかな?それならせめて鍵を閉めないと……。」
「別に如何わしいことをしている訳ではありませんからっ。」
正子先輩がそう言って部室の扉を閉めようとしていたので、慌てて立ち上がり弁明する。
部長は床に座ったまま、僕に撫でられていた箇所を自分で撫でている。その様子を見て、先輩の口角が上がる。人を揶揄う時の悪い笑みだ。
「旭も経験したか。なかなか良いものだったろう?」
部長は立ち上がり、僕達に背を向けながら呟くように言った。
「まぁ……。悪くは無かったわね……。」




