夏休み・遊興同好会
私立青丈高校。片田舎の、ごく平凡な進学校である。他の学校との違いがあるとすれば、少子化のあおりを受けて使用されなくなった教室が多いくらい。そしてそんな空教室の殆ど、学校側の管理が行き届いていないと言うことだろう。
改めて学校側の管理の杜撰さに感謝しつつ、僕は部室の扉を開いた。
現在時刻は午前八時半。普段であれば遅刻ギリギリなのだが、現在は夏休み。授業が無いので、その類の心配は一切無い。
僕が所属する遊興同好会は自由主義と言うか、溜まり場の様なスタンスなので時間にもあまり厳しく無い。
「あら、優君おはよう。早かったわね。」
部室の扉を開けた僕に、可憐な女性がそう声を掛けてくる。
「おはようございます。部長こそ早いですね。」
僕がそう返すと、部長は「まあね。」と言いつつ茶色がかった髪を揺らして微笑んだ。
遊興同好会の部長。それが七咲旭が自称する肩書きである。私立青丈高校の二年生である彼女が一年生の頃に、同級生と二人で遊興同好会を設立した。その翌年、現在一年生である僕が同好会に入ったと言う流れ。
因みに部長は、課題を全く提出せずに二年生内では有名な問題児らしい。しかし授業態度はよく、テストの点数も良いらしい。天才肌、とでも言うのだろうか。
それは兎も角、部長は席を立ち僕の傍に歩み寄って来る。
「正子はまだ来ていないわよ。貴方二番目ね。」
「普段はお二人が先に来ていますもんね。僕が一番最後に来るのが普段の流れですよね。」
遊興異端の部室は、青丈高校の二階にある。そして二年生の教室も二階にあるので、自然と先輩達が早く着く。一年生の教室は三階にあるので、僕が部室に行くのが遅くなるのは当然だろう。
時刻は午前八時四十分。僕と部長は向かい合って椅子に座っていた。
夏休み中の遊興同会の活動は、平日の午前九時から十一時まで。来ても良いし来なくても良い。そんな自由と言うか適当な約束事で僕達は活動している。
「夏休みの初日よ、優君。待ちに待った長期休みを、その身に実感しているかしら?」
「確かに、少し遅い時間に起床しても焦る必要が無いので休みって感じがしますね。でも、ここに来るとあまり夏休みと言う感じもしませんね。」
「まぁまだ初日だからね。三日も経てば、嫌でも実感するわよ。」
部長はそう言って笑みを浮かべた。開け放した窓から夏の風が入り込んで来る。
少し微妙な空気になった部室の扉をゆっくりと開けて、黒い髪の美女が教室に入って来る。
「おはよう、二人とも。今日も良い天気だね。」
遊興同好会副部長である藤野正子先輩は僕達の方を見て、上品な笑みを浮かべた。
「おはようございます、正子先輩。」
「おはよう正子、今日は遅かったわね。」
「二人が早すぎるんだよ。それに、普段から呼び出しや居残りで遅れてくるキミには言われたくないね。」
先輩はそう言いつつ、定位置である窓際の席に鞄を降ろす。
学校指定のバッグから問題集を取り出しつつ、正子先輩は僕達の方に歩み寄る。
「それよりも、昨日言った通り課題をしようか。」
「そうですね。夏休み前半の内に終わらせてしまいたいです。」
「えー……。」
そう言い問題集を取り出す僕とは対照的に、部長は乗り気ではない様だ。先輩は部長の顔に顔を近付けて、したり顔を浮かべる。
「旭、昨日の勝負の結果は憶えているかな?」
その言葉を聞き、部長は眉を顰める。
「う、ええ、憶えているわ。」
「難の勝負をして、その結果どうなったか、説明できるよね。」
部長は低い声で、絞り出すように言葉を発する。
「ポーカーをしたわ。五回勝負をして、二対三で私が負けたわ……。それで、夏休み前半は真面目に課題をすることになったわね……。」
「それだけじゃないだろう。もうひとつ、決まりごとがあっただろう。」
「夏休みの課題は、必ず期日に提出すると、誓ったわ……。」
そこまで言い終えて、部長は勢い良く立ちあがった。
「分かったわよ。決まり事だから仕方がないわ。でもその前に飲み物を買ってくるから。」
そう捲し立てた部長は、不機嫌な足取りで部室を出て行ってしまった。
「良いんですか?部長、出て行きましたけど。」
「いいよ、少ししたら、頭を冷やして戻って来るさ。こうでもしないと、あの子は課題をしてくれないからね。もう最終日に泣きつかれるのはこりごりなんだよ……。」
実際の経験からか、彼女の言葉には妙な重みがあった。
部室で二人きりなった僕達は、部長が戻ってくるまで雑談を交わすことにした。
「そう言えば先輩。今日も日差しが強いですけど、体調は大丈夫ですか?」
正子先輩は、体質からか太陽の光に弱いのだそう。普段から窓際に座っているが、カーテンを閉めて日光を遮っている。普段から日が当たらあいように努めているからか、彼女の肌はさながら精巧なガラス細工の様だった。
正子先輩は僕の質問に首を振る。
「大丈夫とは言い難いが、日傘を差していたお陰で何とかなっているよ。」
「それなら良いのですが……。」
「ふふ、キミは優しいね。」
優しく笑う先輩の表情が妙に照れ臭くなり、僕は思わず立ち上がる。
「何事もなければ、それで良いんです。」
そう言いつつ、部室後方の黒板に近付く。黒板の隅には、先日取った集合写真が貼ってある。美女二人に両側から腕を組まれて、戸惑う情けない男の姿が映っている。少し恥ずかしい写真だが、これも良い思い出だろう。




