賽の目の賭け
七月のある昼休み。僕はいつもの様に部室に足を運び、自身の席に着き天井を見て呆けていた。
学期末テストも終わり、夏休みまでは少し気分がだれ気味である。こうして昼休みに部室に足を運んでいても、何もやる気が起きないでいる。
『優、少しよろしいでしょうか?』
欠伸を噛み殺していると、ポケットの中から抑揚の無い声が聞こえてきた。
携帯を取り出して画面を見ると、青い髪の美少女が画面の向こうから真っ直ぐな目で此方を見つめていた。
「コール、どうしたの?」
僕がそう問い掛けると、自称高性能アンドロイドであるコールは一歩後退り画面を切り替える。
『ワタシなりに、この街から日帰りで行ける娯楽施設を幾つか調べてみました。宜しければ、目を通してください。書く場所への移動時間や、電車の時刻表なども参照して纏めています。』
どうやら、部長が数日前に話していた合宿の事を覚えていてくれたのだろう。引率できる大人がおらず、泊まり掛けは出来ないと言う話を聞いていたのか、日帰りで行ける場所を探してくれている。
「どうもありがとう。早速、見せて貰うよ。」
『ワタシの様に優秀なアンドロイドに掛かれば、このくらいは朝飯前です。』
僕が礼を言うと、画面の隅でコールは誇らしげに胸を張る。声に感情は現れないが、表情や仕草は感情豊かである。
そう言う訳で、僕は携帯に目を向けてコールの頑張りの成果に目を通す。
大型のショッピングモールや海水浴場、はたまた少し遠くに行けばテーマパークなんかもある。しかし僕が住む街が片田舎と言うこともあり、少し離れた場所に行こうものなら早朝からの移動が推奨される。
どの場所も魅力的であるが、移動などの都合もある為僕の一存では決められない。
「幾つか僕の方で選んで、部長達に相談してみるよ。」
『そうしてください。あくまで参考程度に、ね。』
僕は携帯を机の上に置き、窓の外に目を向ける。
一、二週間ほど前に梅雨が明け、空には入道雲が広がっていた。開け放した窓からは、夏の生暖かい風が入り込んで来る。部室は少し蒸し暑く、僕は少し顔を手で仰ぎ、大きな欠伸をした。
『集中力が切れている様です。寝不足でしょうか?』
青い髪を束ねた美少女が、行方の上から此方をじっと見上げている。
「ありがとう。でも、今は眠い訳じゃないんだ……。」
彼女の気遣いに感謝しつつ、僕は少し首を傾げる。
決して寝不足な訳ではない。春の昼下がりの様な心地良さも無い。
ただ何となく、やる気が出ない。梅雨が明けて、少し無気力。そんな微妙な具合である。
「何だか、何もやる気が起きないんだよね。学校だって、午後から休みたいくらい……。」
呟く様な僕の言葉に、彼女は首を横に振る。
『授業を欠席するのは推奨されていません。身体的又は精神的に不調をきたした時にのみ、休むべきです。』
至極真っ当であり、真面目な意見。僕の中身の無い脳みそでは、反論も見つからない。
彼女の言う通り、無気力なのままではいけない事は分かっている。しかし、だからと言って何をしたものだろうか。
「ねぇコール。」
少し考えた後、ひとつ気分転換を思い付いた僕は机の上に置いていた携帯を手に取る。
『はい、なんでしょうか?』
「僕と、ひとつゲームをしない?」
そう言いつつ僕は机の引き出しからサイコロを取り出し、画面の向こうに居る少女に見せる。
『サイコロ、ですか?』
彼女は目の前に差し出された代物を見て、困惑した表情を浮かべている。
「そう、サイコロ。もうすぐ昼休みが終わるけど、放課後から夏休みの課題に取り掛かろうと思っている。」
『良い心掛けだと思います。しかし、何故サイコロを?高校の課題にサイコロが必要だと思えません。』
彼女の口からは、至極真っ当な指摘が出てくる。
理解できないと言った表情を浮かべるコールに、僕はゆっくりと説明する。
「今から僕がサイコロを振る。その目が出る前に、偶数か奇数かを選択する。出た目が選択したものに該当した方の勝ち。泣き言なしの、一回勝負だ。」
説明を聞いている内に、コールの表情は困惑から真剣なものに代わっていた。
『承りました。それで、勝者は何の権利を得るのでしょう?』
「僕が勝ったら、課題をやるのを手伝ってもらおうかな。分からない問題の解き方を教えてもらうとかね。」
『では、ワタシが勝者となった場合は、今日から毎日スパルタで課題に取り組んで頂きます。目標は、夏休み初日の時点ですべての課題を終了させることです。』
「……。」
彼女の恐ろしい提案に多少の公開を感じつつも、僕はサイコロを手の中に包み込む。
このサイコロを一振りするだけで、勝負が決まる。単純で時間も掛からない方法だろう。
「勝負は提案したのは僕だ。回答権は譲るよ。」
僕がそう言うと、コールは静かに頷く。
『分かりました。では……。』
一瞬、彼女の瞳が怪しく光った。何処まで行っても二分に位置なのだろうが、彼女なりに計算しているのだろう。
暫く押し黙ったていたかと思うと、コールはゆっくりと口を開いた。
『決めました。私が選ぶのは、一、三、六。奇数を選択します。』
「オーケー。それじゃあ僕は偶数だね。サイコロ、振るよ。」
『どうぞ。』
彼女の声を聞き終え、僕はサイコロを転がす。カランいう音と共に、机の上でサイコロ転がる。机の隅で制止した賽の目は、四だった。
「偶数だ。僕の勝ちだね。早速、放課後から課題をする手伝いをしてもらおうかな。」
『勝者の権利です。仕方がありません。お付き合いいたします。』
画面の向こうで、コールは微笑みを浮かべていた。




