放課後、昼下がり
テスト最終日。僕の通う高校までは、この日まで午前授業だ。
部活動も今日から再開であり、クラス内でも喜びなのか溜息なのか分からない声が聞こえていた。
僕はホームルームを終えると、足早に遊興同好会の部室を目指していた。テストが終わり、急いで勉強をする必要も無い。肩の荷が下りた所為か、足取りが妙に軽く感じた。
二階の隅に行くと、立ち止まって周囲を見渡す。本来ならば、使用されていない筈の空き教室だ。無暗に入っている所を見られるのは良くないだろう。
自分以外に廊下に人が居ないことを確認し、部室の扉を開く。
「あら優君、お疲れ様。今日はいつもより早かったわね。」
部長はいつもの席に着き、僕にひらひらと手を振って来る。
「ホームルームが少し早く終わったんですよ。部長も今日は、呼び出されなかったみたいですね。」
「あっ、意地悪な事を言うのね、もう……。」
部長は頬を膨らませて、プイッとそっぽを向いてしまった。
「すみません。テストが終わったからか、少し浮足立ってしまって……。」
そう謝りつつ、僕は自身の席に着く。すると窓際の席から、上機嫌な声が聞こえてきた。
「解放感だろうね。目の前の問題を解決したから、少し気が大きくなっているんじゃないかな?」
正子先輩はいつもの席に腰掛けて軽く腕を組んでいた。
普段であれば何かしらの本を手に持っているのだが、今日は珍しく手ぶらだった。
「おや優君。まるで、私がいつもの様に本を開いていないことに違和感を感じている様な顔だね。」
「……。」
僕の思考が透けているようだ。。僕と先輩の絆が深まっている証拠だろうか。もしくは、彼女にとって僕の単純な思考などお見通しなのかも知れない。
後者だとしたら気味が悪いとまでは言わないが、少し怖く感じてしまう。
「優君は、貴方のことが怖いってさ。」
戸惑って立ち尽くす僕の気持ちを代弁するように、部長の顔が先輩に向く。その口角は少し上がっていた。
「怖いなんてとんでもない。彼が黙っているのは、私との絆の深さを実感して感激しているのだろうさ。」
「凄い自信ね……。」
部長は呆れたように、溜息を吐く。そんな様子など知ってか知らずか、正子先輩は自信満々と言った表情だ。
「自身はあるさ。彼は、私のことが大好きだからね。」
「そうなの?優君。」
「そうだろう?優君。」
部長と先輩の視線が同時に僕を捉える。
まさに、蛇に睨まれた蛙。二人の視線に身体が硬直してしまった僕は、曖昧に頷くことしか出来なかった。
時刻は午前十一時四十五分。ひと息吐いて、僕はいつも通りの席に腰掛けつつ口を開く。
「それで、正子先輩が本を読んでいないのは珍しいですね。」
僕の言葉に、正子先輩は艶やかに笑う。
「そうだね。今日は長く部室に居るつもりは無いからね。」
「もしかして、午後から何か用事でもあるんですか?」
「用事があると言うか、これから用事をつくると言うか……だね。」
「……?」
言葉の意図がよく分からず首を傾げていると、部長が唐突に顔を近付けてきた。
「時に優君。今日は何か予定はあるのかな?」
当然の質問に戸惑いつつも、僕は正直に答える。
「今日に限らず、明日も明後日も、その先もずっと予定は無いですよ。」
言っていて悲しくなるし、自分語りの様になってしまい言い終えた後で少し後悔した。
ひとりで脳内反省会をしている僕の右手を、部長は両手で優しく握る。
「優君、これから私達とお昼を食べに行かない?」
またまた唐突な提案だ。
「旭と話していてね、折角だし皆でご飯でもと言う話になったんだよね。」
いつの間にかすぐ傍に立っていた正子先輩が、そう口を挟む。
昨日は何も言っていなかったので、今日僕が来る前に決まった事なのだろう。何はともあれ、断る理由は僕には無い。
「構いませんよ。言った通り、予定もありませんので……。」
「オーケー。決まりね。」
僕が応えると、部長はパッと手を放し席を立つ。
「それじゃあ、何処に食べに行くかを決めましょうか……。」
そんな言葉と共に、部長は右の拳を突き上げる。そして声高らかにひと言。
「じゃんけんでっ。」
「……。」
「……。」
数秒間の沈黙が部室の中に流れる。
普段部室で過ごしていて全員が黙り込むことはよくあるのだが、今回は特に気まずさを感じた。
「……ねぇ何か話してよ。」
部長はいじけた様な口調で沈黙を破る。
「あ、あぁすまない。少し拍子抜けしてしまってね……。」
正子先輩が慌てたように立ち上がり、そう言葉を発した。それに続くようにして、僕も勢いよく席を立つ。
「確かに、もういい時間ですし……、じゃんけんが手軽で良いですよね。僕、駅前のハンバーガー屋に行きたいなぁ。」
「私は喫茶店。駅前の、若者に人気の店なんかじゃない。人目につかないが素敵な店があるんだ。」
僕達の言葉を聞き、部長も機嫌を直したようだ。元気な口調で、
「私は前に言ったラーメン屋さんに行きたいわ。」
そう提案した。
普通の高校生であれば意見が割れた際、じゃんけんをする前に話し合いでの解決を試みるのだろうが、そこは我ら遊興同好会。議論より先に勝負で決着をつけるのが鉄則だ。
三人輪になり、それぞれ中心に向かって拳をを突き出す。
「それじゃあ、恨みっこなしの一発勝負よ。」
部長の確認に、僕と先輩は黙って頷く。
それから先輩の号令と共に、一斉に手を出す。勝負は一瞬にして決した。




