機械と休息のすゝめ
テスト期間中の土曜日。僕は自室に籠り、机の前で呆けていた。
金曜日の放課後。部長から土日は家で勉強をする様にとのご達しがあった。因みに、テスト初日に呼び出されたのは、点数は良くても普段の態度が悪ければ云々と言う具合の説教の為だったらしい。
何か言われたのか、その日の部長は終日不機嫌な様子だった。
そんな様子を思い出しつつ、僕は大きく欠伸をした。すると、机の隅に置いていた携帯が白く光を帯びる。
『マイフレンド優。気の緩みを感知いたしました。本日の学習時間はゼロ、運動時間もゼロです。気を引き締めるため、顔を洗って来てはいかがでしょう?』
自称高性能アンドロイドのコールは、抑揚の無い声でそう提案して来た。携帯の画面に、青髪を後ろで束ねた美少女が映りだす。
「コールか……。」
僕は彼女の名前を呟き、携帯に目を向ける。画面にはプログラムの姿の現在の時刻が映っている。現在時刻は午前八時十分頃。休日にしては、早い時間だろう。
コールは画面の向こうで腕を組み、頬を膨らませている。弛んだ生活をしている僕に不満を抱いている様だった。
『人間は不完全な生き物ですので、日々の生活やテストの緊張感で披露を感じてしまうのも無理はないでしょう。しかし、だからと言って朝から呆けているのは感心しません。』
「そうだね……。キミの言う通りだ。」
しかしそうは言ってみても、やる気が出ない。頭が真っ白になっていると言うか、思考が鈍っていると言うか。睡眠は充分にとっているのだが、徹夜明けの昼下がりの様な浮遊感だ。
『一度、布団に戻ってみてはいかがでしょう?短期間の睡眠でも、リラックスは出来るでしょう。お望みとあれば、アラーム設定も致しますが……。』
その言葉を聞き、僕は身体を傾け天井に目を向ける。
確かに、眠気に似た倦怠感がある。頭も回らないとなると、睡眠の質が悪いのだろうか。
考えた末、僕は彼女の厚意に甘える事にした。
「それじゃあ、少し休もうかな。悪いけど、十一時くらいに起こしてくれる?」
僕はそう言いつつ、椅子から立ち上がる。
『かしこまりました。』
コールがそう言い終えると、携帯の画面が真っ黒に染まる。
僕は枕元に携帯を置き、ベッドに潜り込む。
「……。」
目を閉じてみるが、簡単には眠れそうにない。暗闇の中で、意識が沈み切れないもどかしさを感じる。
「ねえコール。ちょっと良いかな?」
静けさに耐えられなくなった僕は、目を閉じたまま携帯に向かって話し掛ける
『はい、何でしょう?』
耳元に、綺麗な声が聞こえる。抑揚は無いが。心地良い声だ。
「眠るまで、お喋りに付き合ってくれない?」
『良き友人の頼みです。了承いたします。』
彼女は快く承諾してくれた。ベッドの上、傍から見れば目を閉じてひとり言を話している男の完成である。
「コールはさ、僕のことをマイフレンドって呼ぶじゃない?」
『はい。他二人は、マスターとマムと呼んでいます。』
部長と先輩はそれぞれマスター旭、マム正子と呼ばれている。二人はそれで良いのかも知れないが、僕の呼び方には少し思う所がある。
「マイフレンドなんて一々言っていたらまどろっこしいし、省略して優って呼ぶことは出来ない?」
『可能です。しかし、ワタシはアナタを友人として認識しているので、そう呼んでいたのですが……。イヤだったのでしょうか?』
抑揚は無いが、声から落ち込んでいるのが分かる。
僕は慌てて身体を起こし、弁明する。
「いや、僕だってキミのことを良い友人だと思っているよ。部長や先輩と違って、遠慮なく話せる相手だと思っている。」
『では、どうして肩書きは必要ないと……。』
「良い友人だと思っているからこそだよ。僕達はお互い口に出さなくても、間違いなく親友だ。」
『シンユウ……ですか……?』
「そう、親友。わざわざ確かめ合う必要も無い、そんな関係だ。」
僕がそう言い終えると、彼女は押し黙ってしまった。
暫くの沈黙の後、真っ黒な携帯から声が聞こえてきた。
『ワタシの内部設定アをップデートいたします。マイフレンド優のデータを更新。親友、設定完了いたしました。アップデート終了まで五秒、四……三……ニ……一……。』
彼女のカウントが終わると同時に、携帯の画面が白い光を帯びた。
『アップデート終了いたしました。優、改めてよろしくお願いします。』
青い髪の少女は、画面の中で深くお辞儀した。
「うん、よろしく。」
そう返して、再びベッドの上に横になる。
目を閉じると、思考が深く沈んでいく感覚に襲われる。意識がゆっくりと身体を離れ、身体が深い眠りに着こうとしている。
こうして眠ると、質の良い睡眠がとれる気がする。
ぼんやりとした意識の中、抑揚の無い声が耳に届く。
『ワタシは人間との会話を前提としたプログラムです。ですので、ワタシの声は人間の寝つきに関して良い方向で作用いたします。』
心なしか、誇らしげな声に聞こえてくる。
『ですので、優の睡眠が確認できるまで、私が睡眠導入に相応しい話を致します。返事は結構です。アナタは眠ることに集中していて下さい。』
遠い場所で、コールがとりとめのない話をしている。それに対して、僕は言葉を返さない。微かに残った意識も、もう少しで身体を離れる。
『……おやすみなさい。』
その言葉をぼんやりと認識した後、僕の身体は意識を手放した。




