テスト当日の先輩
一学期期末テスト初日。昼前にホームルームを終えた僕は、のんびりとした足取りで部室に向かっていた。
今日試験が行われた教科は、現代語と数学。
数学はかなり苦手意識があったが、テスト課題を解きつつ正子先輩に教えてもらったので普段よりも少しだけ自身がある。現代語は元々人並みに点数を取れていてたので、今回の出来栄えもそのくらいと言ったところだろう。
今日の試験を頭の中で反復しつつ、僕は部室の扉を開いた。
「おや、来たんだね優君。てっきり、明日のテスト対策の為に真っ直ぐ家に帰るものだと思っていたよ。」
正子先輩がいつもの様に窓際の椅子に腰掛け、僕を出迎えてくれた。
「先輩、こんにちは。」
「ふふ、こんにちは。」
軽く頭を下げる僕に、先輩は優しく笑い掛けてくれた。
僕はいつもの様に自分の席に鞄を置きつつ、教室の中を見回す。
「部長はまだ来ていないんですか?もしかして、家に帰ったとか……。」
そう質問する僕に対し、正子先輩は困ったように苦笑いを浮かべた。
「旭は、まだ帰っていない筈だよ。もう少ししたら、来るとは思う……。」
何処か歯切れの悪い話し方だ。僕はよく分からないまま、首を傾げた。
「まぁ、先生からの呼び出しかな。課題はきちんと出していたんだけど、どう言う訳かホームルームの後に職員室に呼ばれたんだよね……。」
「提出したのに呼び出しですか……。」
「日頃の行いってやつかな。ははは……。」
先輩は乾いた笑いをも漏らす。呆れた様な表情だった。
部長が来るまでどうて過ごそうか。僕は自分の席に着き、ぼんやりと考える。
部室に来た手前、どうも勉強する気が起きない。かと言って、明日もテストがあるので先輩を遊びに誘うのも憚られる。コールでも呼んで、雑談でもしようかしら。
そんな僕の表情を察したのか、正子先輩は優しい笑みを浮かべた。
「時に優君。もし手が空いているなら、少し私の暇つぶし付き合ってくれないかな。」
彼女の優しさからの提案だろうか、僕は勢いよく首を縦に振った。
「是非、ご一緒させていただきます。」
そんな僕の様子を見て、先輩は再び優しい笑みを浮かべていた。
そんなこんなで、僕達は机をひとつ挟んで向かい合う。
「ところで、暇つぶしとは言いますけど具体的に何をするんですか?」
「そうだね、私も考えていなかったよ……。」
正子先輩は唇に手を当て、天井をじっと見つめる。部長とは違い、少し艶っぽさを感じてしまう仕草だ。
少しばかりの沈黙。しかし、気まずさは決して感じない。僕と彼女の仲故にだろう。
沈黙を破ったのは、正子先輩からだ。怪しい笑みを浮かべながら顔を近付けてくる。
「そうだ。折角二人きりなんだから、旭が居ない時にしかできない様な話をしようか。」
「部長がいない時にしか出来ない話ですか?」
「そう、あの子がいたら慌てて止めに入る様な話さ……。聞きたいかい?」
囁く様な彼女の言葉に、僕は黙って頷いた。
正子先輩は小さく息を吸い、口を開いた。
「キミも知っての通り、私や旭はそこそこ可愛い。」
「そう、ですね……。」
そこそこどころか、かなりの美人に見える。そんな言葉を飲みんで、僕は当たり障りのない返答をしておく。
因みに、部長は少しあどけなさが残る可愛い系の風貌であり、正子先輩は年以上に大人びて見える綺麗系の顔立ちをしている。敢えて口には出さないが、学校の中でも有数の美形だと思う。しかし、そんな彼女たちがどうして、こんな空き教室で同好会などしているのだろう。
学校生活を面白おかしく過ごす為だろうか。人の考えは分からないものだ。
そんな場所に毎日顔を出す僕も大概なのだろうが。
僕の考えなどどうでも良く、正子先輩は話を進める。
「キミには意外かも知れないけれど、私や旭は結構モテるんだ。」
「別に意外でもないですが……やっぱりモテるんですね。」
分かってはいたが、何となく複雑な分だ。
「教室では猫を被っているからね。あぁ、そんな顔をしないでくれ。あの子も私も、今は恋愛なんてするつもりは無いからね。」
「そうなんですね……。」
ホッとしたような、勿体無いような変な気分だ。
僕の表情がおかしかったのか、先輩は口元を抑えてクスクスと笑っていた。
「そこで本題なんだけど……。旭が恋愛をしない理由、知りたくないかい?」
「それは……。」
すぐに返答しようとして、口籠ってしまう。『はい』も『いいえ』も、この場合は正しくない様な気がしてしまう。
返答に困っていた僕を他所に、先輩は話を続ける。
「あの子、教室では礼儀正しいお嬢様だから、男子から声を掛けられることが多いんだ。今度遊びに行かないかってね。」
「容易に想像できますね。」
部長の話し方は何処か芝居がかっている印象を受けるが、確かに上品な話し方だ。それでお淑やかにしていれば、男子が気になってしまうのも無理は無いだろう。
「それで、学生らしい健全なお付き合いを……という申し出も少なくはない。しかし、旭は一貫して断り続けている。どうしてだと思う?」
気が付くと、先輩の顔がすぐ近くまで来ている。僕は悟られない様にそっと目線を逸らした。
「あの子、理想の男性像があるらしくてね。それに見合う男でないと、お付き合い出来ないらしいんだ。その理想って言うのは、まず……ってうわ。」
突如、先輩の顔ががくんと下がる。見ると、顔を真っ赤にした部長が先輩の頭を思い切り叩いていた。




