賽の目その後
放課後。僕がいつもの様に部室の扉を開く。
「まったく、何処に行っていたんだ。人に迷惑をかけて……。」
部長が部室の床に正座して、正子先輩に説教されている最中だった。
正子先輩は腕を組み、仁王立ちをして部長を見降ろしている。
「もう一度聞く、旭。昼休み、何処に行っていたんだ。先生に言われて、私は学校中を探し回ったんだぞ。」
「うう……。本当に申し訳ないと思っているのよ……。」
部長は絞り出すようにして、そう言う。しかし、そんな彼女の弁明も、先輩はピシャリと跳ね除ける。
「申し訳ないのなら、どうして私はキミの代わりに先生に溜息を吐かれなきゃいけなかったんだ。」
正子先輩は来たことが無い様な低い声で、部長に話し掛けている。かつて、ここまで怒った彼女の姿は初めて見る。話し掛けるのも、憚られてしまう。
「あ、あの正子先輩……。こんにちは……。」
「あ、優君。こんにちは。今少し取り込み中だから、コールとでも話しててね。」
先輩がそう言い終えない内に、部長は目にも止まらぬ動きで僕の背後に移動した。
「うわーん、助けて優君。正子が私をいぢめてくるの。」
「ちょっと旭、まだ話の途中だよ。」
正子先輩は僕の身体越しに、部長をキッと睨みつける。視線が刺さり、思わず身体が硬直してしまう。
部長はと言うと僕の肩に手を置き、先輩にバレない様に耳打ちしてくる。
「助けて優君。このままじゃ私正子のエンドレスお説教で一日を終えちゃうわ。」
「部長に非があるのは明らかですし、素直に怒られた方が良いんじゃないですか?」
「そんなぁ、一緒に謝ってくれるって言ったじゃない。」
確かにゲームに負けた僕が部長を匿うことで、間接的に正子先輩に迷惑をかけてしまったのは事実だ。
直接的な原因でなくとも、僕も謝罪をするべきだろう。
「正子先輩。」
「ん、何かな優君?できれば、後ろに隠れている馬鹿をこっちに寄越してくれたら嬉しいんだけど。」
正子先輩は微笑みを浮かべてそう話す。しかしその目は笑っておらず、妙な威圧感を醸し出していた。
「す、すみませんでしたっ。」
僕は深々と頭を下げる。先輩は威圧的な声色から一変、困惑した声を発した。
「な、何かな?どうして君が頭を下げる必要がるんだい?」
僕は頭を下げたまま、正直に昼休みの事を話した。
「実は、昼休みに先輩が部室に来た時、僕は部長といたんです。しかし、さも部長がここに居ないかの様に話しました。僕にも責任の一端があります。すみませんでした。」
言い終えても、僕は頭を下げたままだった。先輩が今どういう表情を浮かべているのか分からないが、怒っているのは紛れもない事実だろう。
数秒間の気まずい沈黙。僕は頭を下げており、先輩はそんな僕の後ろでしゃがみ込んでいた。
「なるほど……。キミも共犯だったと……。」
沈黙を破ったのは正子先輩の静かな声。僕はそれに対し、身を震わせながら答える。
「はい、間違いありません。」
「そうか……。では、キミにも罰を与えないとね……。」
先輩の重々しい足音が、ゆっくりと此方に近づいてくる。
「キミが旭を匿わなければ、私の手間も省けたのだろうね。」
返す言葉も無い。僕は黙って唾を飲み込むことしか出来なかった。
足音は僕の目の前で止まる。頭を下げた僕の視線の先には、正子先輩の足がある。
「優君、顔を上げて。」
先輩は静かな口調でそう言う。
「は、はいって痛い……。」
慌てて顔を上げた僕の額に、彼女の中指が当たる。デコピンをされたらしい。
「キミに私を困らせようなんて意図がない事は分かっているし、今回はこのくらいで許してあげるわ。」
「は、はい。」
戸惑う僕に、先輩は優しくそう告げる。
「さて、優君は少し離れていてくれるかな?私はキミの後ろに隠れた不届き者に用があるんだ。ねぇ旭。」
「ひぃん……。」
不届き者こと部長は情けない声を上げる。
正子先輩は部長の制服の襟を掴むと、引き摺って部室の中心に連れて行く。
「助けてっ……優君、正子を止めて……。」
「そう言えば、正子先輩はどうして部長を探していたんですか?」
助けを求める部長を横目に、僕は正子先輩に質問をする。
「テスト前に提出しないといけない課題の進捗をね、先生が確認しようと昼休みに旭を呼び出したんだ。」
「進捗確認って、ある種の好待遇ですね。」
「まぁ、冗談かも知れないけどこの子の留年がかかっているからね。先生も真剣になると言うものさ。」
「それで、部長が逃げたと……。」
「あぁ、別にどれくらい終わっていないと駄目だとか、そう言うことも無いのだがね……。どうして逃げたのか。」
先輩が不思議そうに首を傾げていると、部長が涙声で訴えかけた。
「だってだって、あの先生ってば……。『当然、もう全部終わっているんだろうけど……。』なんて嫌味を言ってプレッシャー掛けてくるんだもん。私は圧力に弱いのよ。」
「過程はどうであれ、その結果先生に頼まれて校舎中を探し回った私には、何か言うことあるんじゃないかな?ねぇ旭。」
「まことに申し訳ありませんでした……。」
綺麗な土下座だった。先輩だけでなく僕まで見降ろしているのが申し訳なってしまう程に。
その後先輩に叱られる部長を横目に、僕は気まずい放課後を過ごすことになったが、これも天罰と言うものだろう。




