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先輩のこわいもの

 テストだから天候が動くわけでもなく、梅雨らしい連日の雨。この日は特に雨雲が濃く、時折稲妻が嘶いていた。

 部長は心底面倒臭そうな顔で机に向かい、唸りながらペンを走らせている。取り組んでいるのは、テスト前の課題だろうか。今回提出しないと留年するらしいので、もう後が無いのだろう。

 正子(しょうし)先輩はと言うと、この日は珍しく窓際から離れた場所で本を読んでいる。

「先輩、今日は窓際に居ないんですね。なんだか新鮮な光景です。」

「あぁ、まぁ……。気分でね。そう、気分……。今日は何だか、外の音を遮りたい気分なんだ。時に優君、イヤホンかヘッドホンか、その類の物を都合よく持っていたりしないかい?」

少し早口で捲し立てる先輩に対し、僕は首を横に振る。

「すみません、今日に限って持って来ていません。」

「そうか……。いや、良いんだ。イヤホンが無かったとて、同好会活動には何の支障もきたさない。」

そう言い終えない内に、窓を揺らすほどの轟音が轟く。どうやら近くに雷が落ちたらしい。

 気が付くと、正子先輩が僕の隣に座っていた。心なしか、少し距離が近い気がする。

「あのう先輩、何だか近くないですか?」

「きき気のせいじゃあ、ないかな……?うん、雨の所為か少しだけ肌寒くてさ……。」

先輩がそう言い終えない内に窓から閃光が入り込み、再び雷が鳴り響く。

 今度は少し控えめな音。先程よりも遠い場所に落ちたらしい。

「先輩、正子先輩……?」

「ん、何かな?」

「どうして僕の腕にしがみついているんですか?」

「……。」

正子先輩は何も答えず、僕の右腕にしがみついている。その身体は微かに震えており、腕から彼女の不安が伝わってくるようだ。

「もしかして、雷怖いんですか……?」

僕の問い掛けに、先輩はコクリと頷いた。

 部長が黙々と課題を進めている中、正子先輩は小声で僕に語り掛ける。

「昔から、雷はどうしても苦手なんだ……。音が大きいし、何だか威圧的で……。」

涙声でそう話す先輩に、僕は何も言うことが出来なかった。

「いい機会だから、可愛い後輩に私が苦手としている物をベストスリーを教えてあげよう。」

戸惑う僕に、先輩は震えながら話す。何処かで聞いたことある様な話題の振り方だ。

「まず、ひとつ目は雷。あの音を聞いただけで、身体が硬直してしまうんだ。苦手と言うか、心のどこかで恐怖を感じているんだと思う……。」

外では大粒の雨が降り注ぎ、室内では先輩のか細い声だけが聞こえていた。

「二つ目は日光。日差しが強いとね、どうも身体に力が入らないんだ。すぐに頭がクラクラしてくる。」

「確かに、窓際に居ますけどカーテンは閉めていますもんね。つくづく思っていましたが、何だ先輩吸血鬼みたいですよね。」

「ふふ、どうだろうね……。」

先輩は怪しげな笑みを浮かべるが、後輩の腕にしがみついている状況では威厳も何もない。

 雨は一層強さを増し、遠くでは雷の音が聞こえてくる。

「最後に三つ目だねぇ……。」

正子先輩は腕の力を強めながら、遠い目をする。

「三つ目は……。」

そう言い掛けたところで、三度付近に雷が落ちた。

 一瞬の閃光に目を眩ませたかと思うと、今日一番轟音が校舎に響き渡る。

 耳を覆いたくなる様な大きな音とで、部室内も大きく揺れる。僕も、驚きのあまり思わず背筋が伸びる。

「今のはかなり大きかったですね、先輩……。先輩……?」

声を掛けても反応が無く、震えている様子もない。

 不思議に思い右隣に視線を向けると、正子先輩は目を真っ白にして固まっていた。

「先輩、先輩?」

声を掛けても、彼女はピクリとも動かない。

 部長は雷にも気が付かない程課題に集中しているようだし、先輩は気を失っているのか返事がない。八方塞がりになった僕は、右腕の感覚が無くなって行くのを感じながら窓の外に目を向ける。

 雨は止む気配も無く、大粒の雨が窓を叩いている。そんな光景に、何処となくノスタルジーな気分になって来る。尤も、美人な先輩を右手にしがみつかせていなければ、もっと感傷に浸れたのかも知れないが。これはこれで良いものだ。

 それはそうと、正子先輩は気を失っていながらも腕を掴む力を緩めようとしない。と言うより、力がどんどん強くなっている気がする。

 徐々に右腕が冷たくなっていく。脳裏に浮かぶイメージは、万力に腕を挟んだ自分の姿。

「先輩、そろそろ腕が冷たくなってきましたので、手を放して頂けると……。」

僕の訴えも虚しく、先輩は一層力を強めてくる。

 叫び声を上げれば部長が止めに入ってくれるのかも知れないが、緊急事態でもないのに無暗に大きな声を出したくない。

「先輩、正子先輩。起きて下さいよ……。そろそろ腕が無くなっちゃいますよ……。」

「ん……。あれ、ここは……?」

やっと目が覚めた先輩は、僕の腕から離れて周囲をキョロキョロと見回す。本当に気を失っていたらしい。

「先輩、大きな雷で気を失っていたんですよ。」

「あぁ、そうだったのか……。悪いね、腕貸して貰っちゃって、さ……。」

「良いですよ。先輩のお役に立てて嬉しいです。」

「そ、そう……?」

照れ笑いを浮かべる先輩に、僕も気恥ずかしいながら笑い返す。

「ええい、イチャイチャしてるんじゃないわよ。」

少し離れた席から、部長の怒号が聞こえて来た。

「人が課題をしている横でイチャイチャと……。」

部長はブツブツと溜めるように呟いた後、大きな声で言い放った。

「私が解いている途中でしょうがぁ。」

その時、この日最大の雷が僕と先輩に降り注いだ。

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