散歩
いよいよテスト期間に入った放課後のこと。
ホームルームが終わるなり我先にと教室を出て行くクラスメイト達を見送りつつ、僕はゆっくりと教科書を鞄に仕舞う。何人かは教室に残って勉強するようだが、主に運動部の生徒たちは部活が休みなのを良い事に遊び倒すのだそう。
かくいう僕も、テスト期間だからと言って家に帰って机に向かうつもりは無い。いつもの様に部室に赴き、のんびりと過ごすつもりである。
机に向かい問題集を解いているクラスメイトを背に、僕も教室を後にする。校舎の廊下はいつも以上に静まり返っており、一回正面玄関の方からはいつも以上に騒がしい生徒たちの声が聞こえてくる。
こう言うのも、青春の一ページなのだろう。そんな青春の体験に背を向けるのも、また青春ではないだろうか。そんなことを考えながら階段を降り、二階の空き教室へと向かう。
「おやおや優君、ここで会うなんて奇遇だね。」
部室の前に来たところで、正子先輩とばったり会った。
「こんにちは、正子先輩。」
「はい、こんにちは。」
彼女は僕の顔を見ると、優しい笑みを浮かべる。
正子先輩も今来たところなのか、肩に学校指定のバッグを掛けている。
「来てくれて申し訳ないが、旭は来るのが少し遅れるらしいよ。」
彼女はそう言いつつ、部室の扉を開く。学校側から管理されていない空き教室だからか、普段から鍵は掛かっていない。なので、ボードゲームなど保管する時には最新の注意を払わなければならない。
僕は背パイの後に続いて教室に入る。そのまま自然な流れで、部長が遅れる理由を聞くことにした。
「そう言えば、部長はどうして遅れるんですか?用事があるのなら、遅れるではなくて来ないんじゃないかと思うんですが……。」
「あぁ、それはね……。」
正子先輩は窓際の席に鞄を置きつつ、困ったような笑みを浮かべる。
「旭は今ね、職員室に呼び出されているんだ。」
「職員室にですか……。」
テスト前の課題は配られたばかりだろうし、すぐに提出しなければならない課題があるとは思えないのだが。他に何か要件があるのだろうか。
「また提出物ですか?」
「また、と言ってしまうあたり、キミもこの環境に染まって来たと言うことかな。」
そう言ってクスクスと笑う先輩の顔は、心底楽しそうであった。
「質問の答えだけど、恐らく提出物の関係だと思う。多分ね……。」
「提出忘れって訳じゃあないみたいですね。忘れるなよって言う警告ですか。」
「そう言うことだと思うよ。まぁ思うだけで、真実は分からないんだけどね。」
先輩はそう言って、また楽しそうに笑った。
それよりもさ。正子先輩は窓際から離れ、その整った顔を僕に近づける。
「折角だし、二人でお散歩にでも行かない?もうある程度知っているだろうけど、学校の中案内してあげる。」
弾むような彼女の声に、僕は黙って頷いた。
「よし決まり。荷物置いたら行こうか。」
僕は先輩の斜め後ろに続くようにして、廊下を歩きだした。
部室を出て、少し歩くと二年生の教室がある。一年生の教室は三階にあり、三年生の教室は一階である。普段から僕よりも部長達の方が早く部室に来ているのは、この為だろう。二年生の教室を横切ると、名ばかりの科学室が見えてくる。
「正子先輩、ひとつ聞いても良いですか?」
「ん、何でもどーぞ。」
科学室の扉を一瞥しつつ、僕は常日頃思っていた事を口にする。
「部長と先輩って、どういう経緯で知り合ったんですか?見た所、同じタイプの人ではない様に思えるので……。少し気になっていまして……。」
「うぅん、そうだねぇ……。」
先輩は顎に人差し指を当て、考える仕草をする。
二階を見回った僕達は階段を上がり、社会科準備室の前に来ていた。
「私と旭の馴れ初め、と言うか話すようになったキッカケみたいなものはあるね。」
「どう言うのですか?」
正子先輩は社会科準備室の扉をコンコンと叩きつつ、優しい笑みを浮かべる。
「初めて口を聞いたのは、確か此処だったね。私のクラスは皆真面目な人ばかりでね。昼休みになると、いつも此処に来てトランプタワーを作っていたものさ。」
「何と言うか……、随分とシュールな光景ですね。」
先輩がひとり黙々とトランプタワーを作っている光景を想像して、何だか可笑しくなってしまう。
頬が緩む僕を他所に、先輩は話を続ける。
「確か四月後半ぐらいだったかな。私がいつもみたいにトランプタワーを作っていると、突然旭が入って来てね。開口一番、何て言ったと思う?」
「想像できませんね……。」
「『私と一緒に面白いを探しましょう。ついでに課題見せてくれないかしら?』だってさ。今更だけど、どうして未だに一緒に居るのか分からないよ……。」
そう話しつつ階段を降り、部室の前に戻って来る。
部室の扉が少し空いていたので、部長はもう来ているらしい。
「部長、こんにち……は……?」
部長は絶望的な表情で項垂れている。理由を聞いて良いものだろうか。
「旭、お疲れ様。またこってり絞られたのかな?」
正子先輩に肩を叩かれ、部長は呻くようにな声を発する。
「うぅぅう……。聞いてよ二人ともぉ……。担任からぁ、今回の提出物が遅れたら進級させないってぇ、釘刺されてぇ……。」
涙声で話す部長に、正子先輩は冷たく言い放つ。
「当然だろう?寧ろ、遅すぎたくらいだ。」
「おぉぉぉぉおん。」
静まり返った廊下に、部長の慟哭が響き渡った。




