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帰路と鞄

 夕陽に照らされた通学路。僕と部長は二人で帰路に着いていた。

「いやしかし、まさか帰る方向が同じとはね……。(ゆう)君どこ中なのかしら。」

「有中です。」

「うーむ、分からん。」

僕の数歩前を歩きつつ話す部長は、何処か浮足立っている様子で会話の意図も見えてこない。

 数秒の沈黙。同じ部活の仲間とは言え、まだ会ってから二週間も経過していない。なので、黙っているままだと少し、いやかなり気不味さを感じてしまう。

「そう言えば、正子(しょうし)先輩だけ別方向だったんですね。帰り道。」

「そうだね。もしかして、正子と二人きりの方が良かった?」

話題になればと正子先輩の名前を出してみたのだが、意図しない言葉が返ってきたので慌てて弁明する。

「いえ、僕はどちらでも嬉しいですよ。二人とも、尊敬する先輩ですから。」

「ふうん、私が良いとは言ってくれないんだ……。」

部長は小さな声でそう呟き、前を向いたままゆっくりと歩を進める。何か話そうと思ったが、話題が見つからない。

「優君ってさ。」

部長は僕の方を振り向かない。

「なんですか?」

「正子は名前呼びなのに、私は部長ってしか呼ばないよね。」

「確かにそうですね……。」

「最初の頃は(あさひ)先輩って呼んでくれていたじゃない。」

「最初って、初日だけでしょ……。どちらが部長か分からなかったんで、そう呼んでいただけです。」

「寂しいなぁ。あぁ寂しい……。」

ワザとらしくそう言いながら、部長はくるりと振り返った。

 体の回転に合わせて制服のスカートがふわりと揺れる。

「ねぇ、私と勝負しようか。」

夕陽を背にした部長の笑顔が、特に眩しく感じた。

「良いですけど、内容はどうしますか?鞄を持っているんで、両手を使う様なものは出来ないですけど。」

普段から持ち歩いている訳でも無いので、トランプや将棋盤の類も無い。

「勝負の方法は、勿論これだよ。」

部長は手の平を顔の前にかざして、にやりと笑う。

「じゃんけんで勝負島しょう。ルールは、説明するまでも無いよね?」

先程までのしおらしさはどこへやら。ゲームのこととなると、人が変わったように積極的だ。

「ええ、勿論。罰はどうします?帰り道なので、あまり大した事出来ないですけど。」

「帰り道だからこそ、出来ることもあるでしょう。」

部長はそう言い、通学路を指差す。

「じゃんけんで負けた方が、次の交差点まで鞄持ちをすること。どれだけ時間が掛かっても、ちゃんと運び切ること。走ったりするのはあり。何か意見はあるかしら?」

「意見はありませんが……。しかし……。」

返答に困り、僕は口籠ってしまう。

 勝負のルールに異論はない。しかし、向こうからの提案とは言え年の近い女の子に荷物を持たせるのは少々気が引ける。そんな僕の心境を察したのか、先輩はけらけらと笑う。

「私から持ち掛けた勝負だもの、何も気に病むことはないわよ。それとも経験の無いゲームならいざ知らず、じゃんけんですら私に勝てる自身が無いのかしら。負けて鞄を持つ情けない姿を想像して、怖気づいてしまったのかしら。」

「まさか、受けて立ちますよ。ここまで言われて、引き下がれる程僕の男は廃れていません。」

部長の親切なお膳立てもあって、僕は勝負を引き受ける事になった。

 じゃんけん。三通りの手で勝敗を決めるシンプルながら完成度が高いゲームだ。何の準備も無く挑めば運要素だけのゲームかも知れないが、僕には思考の余地があった。何処かで聞いた話なのだが、焦ってじゃんけんをした場合グーかパーを出す確率が高いらしい。チョキは一番出し辛い手らしいので、最初はグーかパーを出すべきだろう。まぁ、何処まで突き詰めても運のゲームに変わりはないのだが。

 何はともあれ、勝負である。僕達は右腕を大きく振りかざし、声を張り上げた。

「最初はぐーっ。」

ここでパーを出すような薄情さは、互いに持ち合わせていない。正真正銘の真剣勝負である。

「じゃんけん、ポン。」

パーを出せば勝てる。勝てないにしろあいこだと、そう予測していた。そかし、そんな僕の希望的観測は一瞬にして打ち砕かれることになった。

 僕の手はパー、先輩の手はチョキだった。結果は言い訳のしようがない、完全なる敗北である。

「ぐうぅ……。」

「ふふ、読みが外れた様ね。」

項垂れる僕を、部長は得意気な表情で見降ろしている。まさに勝者と敗者の構図である。

「まさか、僕の予測を超えてくるだなんて……。」

「ふふん。チョキの難解さと、パーの出しやすさに惑わされたね。」

この勝負、どうやら部長の方が一枚上手だったようだ。

「それじゃあ、鞄お願いね。」

「ええ、任せて下さい。」

部長から鞄を受け取った途端、僕の左腕に異様な重力が掛かる。

「お。重い……。部長、この鞄の中に一体何が入っているんですか?」

「え、そこまで変な物は入っていないと思うけど。」

「にしては凄く重いですよ、これ。辞書が何冊も入っている様な重量ですよ。」

「えーそうかなぁ……。」

先輩は唇に手を当てて、空を仰ぐ。そして、何か思いついたのか。無邪気な表情で僕を見る。

「あぁ、もし重いんだとしたら、中に入っているのはきっと愛情だよ。愛情。」

「随分と圧のある愛情ですね……。」

重い思いと言うことだろうか。

 下らないことを考えつつ、頼りない足取りで交差点に向かうのだった。

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