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マルとバツと

 雨の日の放課後。週末から本格的に梅雨に入り振り続けている雨、それにともなう湿気の高さにかなり辟易していたところだった。僕達はいつも通り遊興同好会部室に集まり、それぞれ思い思いに過ごしていた。

 部長は梅雨があまり好きではないのだろうか、机に頬を右頬をつけて遠い目をしている。

「雨が降ると、何だか嬉しくなってくるね。恵みの雨だ。」

そんな部長の気怠げな様子に対し、正子(しょうし)先輩は何処か楽しそうだ。普段は窓際で読書に耽っているのだが、この日はにこやかな表情で僕の目の前に座っている。

「さて(ゆう)君、実を言うと私はここ数日機嫌が良いんだ。」

「見ていれば分かりますよ。表情からしていますもん。」

普段から微笑を浮かべている先輩だが、この日は満面の笑みと言った印象を受ける。

「それに対して、部長は何だか疲れた様子ですよね。」

(あさひ)は雨が好きじゃないからね。去年のこの時期も、ずっとこんな調子だったんだよ。」

「極端ですね。」

先輩は晴れの日が好きではなく。部長は雨の日が好きではないらしい。バランスが取れているというか、何と言うかである。

 どうでもいい事を考えていると、正子先輩は両手で頬杖をつき僕の顔を覗き込んで来きた。

「ところで優君、当然だけど私とゲームをしない?」

「そんな気がしていました。構わないですけど、何をしますか?」

「そうだね。こんな天気だとトランプはべたつきそうだからね……。そうだ、良い事を思い付いたよ。」

先輩はそう言って立ち上がると、普段座っている窓際へゆっくり近づく。

 窓の前に立った正子先輩は、湿気で水滴が溜まった窓に細い指で線を描く。

「今日はこれで勝負しましょう。」

窓に九つの枠を作った先輩は、微笑みを浮かべてそう告げた。

 縦三行横三行の枠。これから連想されるゲームを、僕はひとつしか知らない。

「マルバツゲームですか。良いですよ。」

僕は窓際に歩みを進めつつ、彼女の提案を了承する。

「それにしても、窓に枠を作るなんてよく考えましたね。」

「ふふ。こうも湿気が強いと、紙を使うのも億劫だからね。我ながらいいアイディアだと思ったよ。」

上機嫌な笑みを浮かべつつ、先輩は僕に手の平を見せる。

「勝負に付き合ってくれるお礼だ。キミに先手を譲ろう。」

「ありがたく頂きましょう。」

こうして、雨の日の部室で僕達の勝負が幕を開けた。

 正子先輩の慈悲で先手を貰った僕は、窓に描かれた枠を見て考え込む。

「さて、どこにしましょうか。」

昔、何かの記事にマルバツゲームの必勝法が載っていた。相手の出方を見つつ、二列がリーチになるようにするのだそうだ。しかし、最初に何処に丸を書けばいいのか分からない。記事の肝心な内容を忘れてしまってた。

「取り敢えず、ここにしておきますね。」

僕はそう言いつつ、真ん中の枠に丸を書く。必勝の布陣ではないかも知れないが、この場所にさえ置いておけば勝てないにしても引き分けに持ち込むことが出来る筈だ。

「次は先輩の番ですよ。」

「真ん中か。無難な選択肢だね。」

尤も、逃げの選択肢ともとれるけどね。先輩は挑発的な口調で、そう呟いた。

 正子先輩は窓の前に立つと、小さく首を傾げる。

「正直私は、後手の一筆目は戦況を大きくは動かさないと考えているんだ。大切なのは、先手の二筆目からが、駆け引きの醍醐味じゃないかなっと、おっと……。」

窓の前を行ったり来たりしていた先輩は、誤って足を滑らせてしまった。

 正子先輩は咄嗟に窓に寄り掛かり、何とか床に倒れずに済んだ。しかし身体を離した場所には、彼女の豊満な身体の一部が、はっきりと刻まれていた。

「……。」

先輩は何も言わず、自身の痕跡を消すように制服の袖で窓を拭いた。そして、自然な仕草で、左下の角にバツを書く。

「さぁ、次は優君の番だよ。どうぞ……。」

何事も無かったかのように話す先輩だが、その頬は微かに紅くなっていた。

 僕は無言で頷き、窓の前に立つ。何とか平静を保っているが、内心は嵐の様に荒れていた。

 先程、確実に視界に捉えた形。一瞬のことだったが、暫く僕の脳裏を離れないであろう光景。

 暫くどころか、ふとした時に思い出してしまうだろう。夢にだって出てくるかも知れない。それ程までに、思春期真っただ中の男子高校生には刺激が強いものだった。

 何処に丸を書こうかを考えても、思考がうまく纏まらない。胸、胸部、お……。頭の中ではそんな言葉ばかりが脳の中で反復する。

 どこかに書かないと、書かないと……。もはや思考を放棄した僕は、自分でも訳の分からない場所にマルを書いた。

「そんなところに……。何か意図があってのことかな?」

正子先輩は感心した様にそう呟くが、その実何も考えていないだけだ。

 それから数度のマルバツを繰り返した後、僕は敗北した。

 先手を貰っておいて、言い訳のしようがない完敗だった。

「私の勝ちだね。そう言えば、罰ゲームは決めていなかったね。」

先輩はそう言いつつ、マルとバツが書かれた枠を綺麗に消してしまう。心なしか、胸の位置を抑えている様に見えるのは気のせいだろうか。

 正子先輩は考えるように窓の外を眺め、やがて何か思いついたのか僕の顔を見る。

「折角だし、前にやってもらった様に自分の事をオレって呼んでもらおうかな。」

今回は、品の無い話になってしまいました。申し訳ありません。

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