休日の一幕
ある日の休日。自称高性能アンドロイドの情報によると、夕方から雨が降り始めてその後数日間雨が続くらしい。
この日、僕は目的も無く街中を歩いていた。
時刻は正午を少し過ぎたあたり。僕の身体も空腹を感じ始めていたので、そろそろ家に帰ろうかと考えていた時のこと。駅前にある喫茶店を通り過ぎたところで、親しく思っている女性とばったり会った。
「優君、こんな所で会うなんて奇遇だね。」
その女性は僕を見つけるなり、パタパタと近づいて来てそう言った。
僕は休日の一幕に相応しく、気軽さを意識しつつ少し頭を下げる。
「部長、こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
部長は挨拶を返しつつ、可愛らしく首を傾ける。茶色掛かった髪が初夏の風に吹かれて微かに揺れる。
「優君は何処かに行くつもりだったの?」
部長の問い掛けに、僕は首を横に振る。
「いえ、本当は今日一日家でゴロゴロとしている予定だったんですよ。」
「あら、それならどうして暑い中こんな所に出ているのかしら?」
「それは、此奴の所為ですよ。」
僕はそう言い、ポケットに入れていた携帯を部長に見せる。
僕の行動に呼応するかのように携帯の画面が光を帯び、真っ白な画面が現れる。
『随分な言い草ですね。ワタシは、常にアナタの健康を考えて意見を申し上げていると言うのに。』
白い画面の中央に現れた、青髪の美少女は不服そうな表情を浮かべていた。
部長は画面を見ると、笑顔を浮かべて口を開く。
「あら、コールじゃない。こんにちは。」
『こんにちは、マスター旭。四時間後に雨が降り始めますので、お気を付けください。』
「ふふ、どうもありがとう。」
携帯から顔を上げた部長は、不思議そうに首を傾げる。
「この子がどうして、貴方を苦しめているのかしら?天気予報も教えてくれて、凄く良い子じゃない?」
その問いを待っていたとばかりに、僕は捲し立てる。
「確かにコールは、その日の天気を教えてくれるし学校の課題なんかも機嫌の前に通知してくれますし、普段の生活状況を見て健康状態なんかも把握してくれますけど……。」
「理想的な話し相手じゃないかしら。話を聞いていて羨ましい限りだわ。」
まだ分からないと言った顔をしている先輩に、僕は理想の裏に隠された現実を吐露する。
「しかし、しかしですよ。コールが僕の携帯に来てからというもの、僕は一度だって徹夜で遊んだりできたいないんですよ。彼女がいう適切な睡眠時間の為に、毎日十時前には布団に入らなければならないんです。」
僕の言葉に、部長は目を輝かせる。
「益々理想的じゃない。因みにだけど、言うこと聞かなかったらどうなるのかしら?」
「不愉快な音楽を延々と流されます。」
「可愛いようで嫌がらせが怖いわね。」
目を輝かせていた部長の表情は一変、困ったような苦笑いを浮かべた。
仲睦まじく話す僕達に、コールが不服そうに口を挟む。
『異議を申し上げます。ワタシは常にマイフレンド優の健康を第一に考えて、最適な生活習慣を提供しているだけです。感謝されるならばいざ知らず、酷い様に言われるのは納得がいきません。』
「それはそうね。優君、感謝しなくちゃ。」
「いや……そりゃあ感謝はしていますけれど……。」
味方がいなくなった僕は、言葉を濁らせる。
これ以上この話をしていても、僕に良くないと考え無理矢理話題を変える事にした。
「そ、そう言えば部長は何か用事があったんじゃないですか?」
「え、あぁうん。実はこれからお昼を食べに行くところなんだ。優君も、良かったら一緒に来る?」
「是非、ご一緒させて頂きます。早速行きましょう。」
僕は携帯をポケットに入れ、部長の背中を押す。
『……後でお説教ですからね。』
ポケットの中から、抑揚は無いが恨めしそうな声が聞こえてくる。
「お説教、怖いの?」
「怖いというか、辛いというか……。説明と確認の反復なので、自分が悪いことを嫌でも自覚させられます。」
一度彼女の言いつけを破ったことがあり、その時は携帯の前で三十分程正座させられた。
「それは中々……。頑張ってね。」
「ところで、部長は何処でお昼食べるつもりなんですか?」
丁度、すぐ傍に人気の喫茶店がある。
部長も花の女子高校生だ。ならばああ言う所で昼食を取るのが、ありがちな展開なのではないだろうか。
「えっとね、あそこなんだけど……。」
そう言って部長が指差したのは駅前の洒落た喫茶店、ではなくそこから少し離れた場所にある中華料理店だった。赤色の如何にもな暖簾を潜り、多くの人が出入りしている。
唖然とする僕の顔を覗き込むように、部長は上目遣いに顔を近付ける。
「ああ言ったお店に興味はあるんだけど、如何せん一人じゃあ入り辛くて……。ついて来てくれるかしら?」
正直、僕も中華料理屋は気になるし、部長と一緒に入店することにも不満は無い。僕の答えは決まっていた。
「勿論です。どこまでもお供しますよ。」
僕の返答に、部長は花開いた様な笑みを浮かべる。
「良かった。それじゃあ行きましょう。」
僕達は二人並んで、すぐ傍にあった喫茶店に背を向ける。
『あの店舗のメニュー、摂取カロリーを把握しておきます。どうぞお楽しみください。』
ポケットの中から聞こえる呪詛の様な声に対し、僕は敢えて聞こえないフリをすることにした。




