再び神社へ
ある日の休日。僕は右手に紙袋を抱え、山道を登っていた。
目的地は、街外れの神社。先日、梅見会を行った際に場所を提供してもらっていたので、そのお礼の為に菓子折りを持って歩いているのだ。
『前回の歩行速度から予測するに、目的地まであと五分程です。頑張って下さい。』
私服のポケットの中から、抑揚の無い声が聞こえてくる。自称高性能アンドロイドのコールだ。初めの頃は部室のパソコンに入っていたが、一度データ移行を行ってからは休日を僕の携帯の中で過ごすようになっていた。
もう梅見会も終わったし、わざわざ僕の携帯に入る必要もないのではないかとコールに話した事がある。
『余計なデータが無く、静かで過ごしやすいので。』
彼女はそう言っていた。褒めてくれているのだろうが、僕の心境は微妙なものだった。
余計なーデータが無いというのは、携帯の容量を圧迫する様なアプリの類は入っていない。静かと言うのは、通知が無いと言うこだ。遠回しに中身が無い人間だという事実を突きつけられている様で、内心少し沈んでしまう。
そんなことを考えている内に、僕の足は山道を抜け石階段の前まで来ていた。
「やっぱり、山道は少し疲れるね。」
『ワタシはプログラム上の存在なので、アナタの疲れるという意見には共感しかねます。』
共感を得られなかった僕は、溜息を吐きつつ石階段に足を踏み入れた。
石階段は古い物だが、丁寧に清掃されているのでかなり歩きやすい。
『足元にご注意して、ゆっくりお進みください。』
秘境の観光ガイドの様な事を言ってくるコールの声に耳を傾けつつ、一歩ずつ丁寧に石段を登っていく。
一段いちだん階段を登っていくたびに、心音が大きくなっていくのを感じる、
『マイフレンド優。心拍数の上昇を感知しました。石階段は苦手ですか?』
「そう言う訳じゃないんだけど……。」
心配してくれる優しいアンドロイドに、僕は曖昧な返事を返す。
石階段で体力が削られているのは事実だ。しかしなにより僕の心臓を煩くしている元凶は、この先にある神社にある。
先日梅見会の為に訪れた時は先輩方もいたので、ある種頼もしさの様なものがあった。しかし今回はアンドロイドはいても人間はひとりであり、未成年のみで祭りごとを行う為の敷地を提供してくれた事へのお礼というか、謝罪への道である。
決して悪いことをしている訳ではないのだが、場所を借りて騒いでどうもすみませんと、頭を下げに行くのである。対応をしてくれた青嵐さんの人柄から、何か言われるようなことは無いと思うが。それにしても緊張する。
そう考えると、石階段を登る足が妙に重く感じてしまう。神社の石段は駅なんかにある階段と比べて低い物だったが、この日この時この瞬間の僕にとっては十五センチ程度の段差が一メートルにも感じられていた。
やっとの思いで石段を上がり終えると、古びているが綺麗で貫禄のある鳥居が見える。手に持った菓子折りを一瞥し、覚悟を決めて鳥居を潜る。
やはりと言うべきか、名前も知らない神社の様子は先日訪れた時と変わりなく清潔感と何とも言えない神秘さを兼ね備えていた。
境内には巫女装束に身を包んだ少女がひとり、竹箒を片手に梅の木を眺めていた。
「あ、あら……。どうも……。」
この神社で巫女をしている青嵐さんは僕を見つけると、深々と頭を下げる。
「突然訪ねて、どうもすみません。」
僕は平静を装い、彼女の元にゆっくりと近づく。
例え気が早まっても、小走りなどしてはいけない。青嵐さんからすると、そこまで親しくもない冴えない男が小走りで駆け寄って来る光景は決して見良いものでは無いだろうから、僕と彼女が気兼ねなく話せるようになるその日までは適切な距離を意識しなければならない。
僕は青嵐さんと大股二歩ほど開けて立ち止まり、口を開く。
「先日はどうもありがとうございました。」
「あ、いえ、こちらこそ……。」
彼女は再び、深々と頭を下げる。先日も少し思っていたが、部長や正子先輩よりも僕に対しては態度が固いように思える。
ひょっとしたら青嵐さんは僕と同様異性との関りが薄いのかも知れないと、声に出さないも小さな共感を抱いてしまう。
密かな親近感を感じつつ、僕は手に持っていた菓子折りを彼女の前に差し出す。
「こちらはつまらない物なのですが、先日場所をお貸し頂いたお礼をです。」
「い、いいえそんな……。お金も掛かっていませんし、受け取れませんよ……。」
彼女は両手の平を顔の前に出し、首を横に振る。こう対応されることも、想定していた。
僕は何度か予習し頭に入れていたセリフを、自然な口調で口にする。
「そう言わないで下さい。値段を言えば決して大したものでは無いですけど、僕と先輩達で心を込めて選んだ物ですので、どうか受け取ってやって下さい。」
青嵐さんは少し渋っていたが、観念したように紙袋を受け取った。
役割を終えた僕が安堵の息を吐いていると、青嵐さんは紙袋を両手で抱え上目遣いに此方を見てくる。
「あ、あの……。」
意を決したように、彼女は口を開く。
「よ、宜しければ、お茶を淹れますので、一緒にお菓子を食べませんか……?」
密かに仲間意識を持った相手からのお茶の誘い。今後の予定も無かった僕に、これを断る理由は無かった。
「ええ、是非……。」
僕はそれだけ言って頷く。すぐ近くでは、梅の花がまだ満開に咲いていた。




