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体育館にて

 ある日の昼休み。僕と部長は二人で体育館に訪れていた。

 事の経緯は単純であり、昼休みになるや否や部長が僕がいる一年生の教室までやって来たのだ。教室の中に入るのは憚られたのか、廊下に居た生徒に声を掛けて僕を呼び出した。

 異性との交流が乏しい僕が言っても説得力は無いかも知れないが、部長はかなり美人な人だと思う。綺麗系と言うより可愛い系。年上ながら醸し出すあどけなさは、刺さる男にはとことん刺さる。本人に自覚は無いかも知れないが、恐らく魔性のものだろう。

 何なんだコイツはと言った感じの奇異の視線をクラスメイトから向けられつつ僕が廊下に出ると、咄嗟に部長から手を掴まれて体育館に引っ張られてきた訳である。

 昼休みの体育館と言えば、普段から運動部の格好良い方々が青春の汗を流している場所だ。しかしこの日は、ガランとしており僕達意外に人影は無い。

「今日はどの部活も大会があるからね。体育館は私達の独壇場と言う訳なのよ。」

「独壇場なら、お昼食べてから来ても良かったんじゃないですか?」

正直言って、僕はかなりお腹が空いている。一般的な学生らしい空腹感だ。

「これには理由があるのよね……。」

部長はそう言うと、僕の耳に自身の整った顔を近付けてくる。

「実はさぁ……。」

吐息が耳に掛かり、無意識に背筋がピンと張る。普段から元気に声を張り上げている人が発するか細い声は、どうしてこうドキリとするのだろう。

 ドギマギとしている僕に、部長は小さな声で告げる。

「私今日、忘れてきちゃったんだよね……お弁当。」

「そうですか。それは残念でしたね。では、僕はお弁当食べてきますので。」

「待って、ねえ待ってってばっ。」

体育館を去ろうとする僕の制服の袖を、部長は両手で掴むんで来た。

 その細い腕からは想像もできない程、強い力で引っ張られている。

「部長、力強くないですか?」

「そうでもないと思うけど……。普段から鞄に重い物入れている訳でもないし。」

「いや部長、前に一度部長の鞄を持ったことがありますがかなり重かったですよ。」

「あれは愛情だって言ってるじゃんっ。」

「だとしたら愛が重いって言ってるじゃんっ。」

この一連のやり取りを僕は先輩に引っ張られたまま、先輩は僕を引っ張ったまま行っている。

 傍から見れば喧嘩している様に見えるのか、それともじゃれ合っている様に見えるのか。いずれにせよシュールな光景だろう。

 このまま綱引きしていても埒が明かないと思い、身体の力を抜く。

「それで何をってうわ……。」

僕が急に力を引くのを止めたからか、部長の引く力だけが作用し僕達は体育間に倒れ伏した。

「あ、あはは……。いつからそんなに大胆になったのかしら……。」

部長は仰向けに倒れている状態。僕は身体を庇う様に体制を変え、床に腕をついている。

 傍から見れば、僕が部長を押し倒している光景だ。

「あ、すみません。」

謝りつつ、僕は慌てて身体を起こす。部長もゆっくりと起き上がり、お尻の辺りを軽く叩く。

 気まずい沈黙が二人の間に流れる。人気の無い体育館に、耳鳴りがする程の静寂さが立ち込めた。

 何とか場を保つ為に、僕は敢えて陽気な口調で部長に話し掛ける。

「そう言えば、何をするんでしたっけ?わざわざ体育館に来たと言うことは、何かスポーツで勝負でもするんですか?」

僕の発言に呼応するように、部長は倉庫からバスケットボールを持ってきた。

「え、ええ。折角体育館が空いているから、バスケで勝負でもやろうかと思ったのよ。」

「良いですね。勝負び内容はどうします?正直大して経験も無いので、ワンオンワンみたいなことは出来ませんが……。」

「それは私も同じよ。まともにドリブル出来るかも怪しいんだから。」

部長は僕に背を向け、手に持っていたボールを加護に向かって放る。

「だから、フリースローで勝負しましょう。」

そう言い終えると同時に、ボールは籠の端に当たり明後日の方向に向かって跳ねた。

「入らないんかい。」

そんな突っ込みをしつつ、僕ボールを拾いに行く部長に質問をする。

「勝負って言うからには、罰ゲームなんかもあるんですかね。」

「それは勿論よ。」

当然の様に答えつつ、ボールを胸の前で抱えた部長が戻って来る。

「私が勝ったら、キミのお弁当を少し分けて頂戴。私が負けたら、空腹を感じながら午後を過ごすわ。」

「僕に何のメリットも無い気がしますけど……。そう言うことでしたら、良いですよ。」

 互いに合意を得たところで、勝負開始だ。

「僕が先行で良いんですか?」

「ええ。私達の場合、先に投げても後に投げても大して変わらないでしょうから。」

「おっしゃる通りですね。」

 少しルールの擦り合わせをした結果、交互に三回投げてゴール数がより多い方の勝利という至極単純な形で決着がついた。

「さぁて、素人なのでフォームがおかしいのは御愛嬌と言うことで……。よっと。」

僕が放ったボールは、ゴールの壁に当たり籠に触れることなく落下した。

「次は私の番ね。刮目なさい。」

部長はその場で大きく飛び上がり、ボールを放る。その拍子に制服のスカートがふわりと浮き上がり、僕は一瞬硬直した。

 ボールは籠に籠の外側にぶつかり、落下する。着地後、部長は顔を紅くして僕の方をじっと見る。

「見た?」

「見てない?」

「信じて良いのかしら……。」

「そりゃあもう、是非とも信じて下さい。」

再びの気まずい沈黙が、体育館全体を包み込んだ。

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