五目並べ
部長とのババ抜きで敗北を喫した僕は、肩を落としつつパソコンに向かっている正子先輩に声を掛けた。
「何やっているんですか?」
「あぁ優君かい。見ての通り、コールと遊んでいる最中だよ。」
パソコンの画面を見ると、囲碁の様な盤が映っている。そこに白と黒の石が互いの意図を反映するように、相手を妨害するように置かれている。
どうやら正子先輩は、自称高性能アンドロイドであるコールを相手に五目並べに興じているらしい。まだ互いに石を三つずつしか置いていない事から、勝負は始まったばかりなのだろうか。
僕と部長とのババ抜きがそこそこの時間を要していた事から、既に数戦交えた後なのか正子先輩が随分と長考していたのか……。
「二人とも、何戦くらいやっているんですか?」
「今、九戦目だったかな?」
先輩の言葉に反応するように、パソコンの中から声がした。
『はい。マム正子との五目並べは、現在九戦目です。一戦ごとの時間にバラつきはありますが、平均すると一分半から二分程で終了しています。』
抑揚は無いが透き通るような声で、コールはそう話す。
「プログラムがこういうゲームをすると、行動がパターン化してくるものと思ったんだけど、この子は例外だったみたいだね。」
『当然です。ワタシはパターン化された量産型のプログラムとは性能が違います。一般浸透したものが、必ずしも最も優秀な訳ではないということです。』
「つまり、キミはとても優秀なプログラムと言うことでいいのかな。」
『その通りです。えへん。』
二人は話しつつも、石を並べていく。思考時間は十秒と見たないくらいだろうか。
二人を見つつ、僕は数日前の事を思い出す。部長とコールがじゃんけんをしていて、最初の数回は五分だったがその後はコールが連戦連勝していた。
彼女は個人の勝負事における傾向をデータ化して、最も確率の高い予測を立てることが出来るらしい。いくら正子先輩がこういうゲームに長けているとは言え、コンピュータ相手には厳しいのではないか。そんな事を考えていた。
「……二勝六敗だよ。」
何も言わない僕を見て何かを察したのか、先輩はパソコンに目を向けたままそう呟く。
「二回、勝ったんですね……。」
部長との時の様に、コールはデータ収集をする為に敢えて二敗したのだろうか。
正子先輩は小さく欠伸をしつつ、言葉を紡ぐ。
「初めの一戦と、ついさっきの一戦で勝ったんだ。中々、厳しい戦いだったよ……。」
「それは……凄いですね……。」
彼女の言葉に、僕は目を見開いた。連戦連敗かと思えば、ある程度データを収集したコールを相手に勝利をもぎ取っていたとは、予想もしていなかった。
「コール、もしかして手加減とかしてたりする?」
僕の質問に対して、パソコンの画面端に首を振る絵文字が表示される。
『いいえ。マム正子は非常に優秀なプレイヤーです。ワタシの立てた予測を、何度も何度も覆してきました。マムとの対戦では、常にデータの更新を必要とします。』
「随分と買い被ってくれたものだね。それはそうと、これで私の勝ちだね。」
正子先輩はそう言うと、マウスをクリックした。
パソコンの画面に目を向けると、黒の石が斜めに五つ並んでいる。白い石は疎らに、黒を妨害するように置かれていたが、コールの抵抗もむなしく正子先輩が勝利を収めたようだ。
『ワタシの負けです。ありがとうございました。』
画面全体に、泣き顔の様な絵文字が表示される。彼女なりの、敗北宣言だろうか。
「とは言え、まだ九戦やって三勝目なんだけどね。あと一回やって勝てた所で、総合成績では引き分けにもなりやしない……。あと一戦をやるまでも無く、私の負けなのだろうね。」
そう言って肩を竦める先輩に、コールは抑揚の無い声で告げる。
『いいえ。アナタの勝利です、マム正子。ワタシは数百のシミュレーションを行い、アナタの打つ手を完璧に把握していた筈でした。しかし、アナタはワタシの想定を遥かに超えた一手を打ち私に勝利しました。機械の想定を超えた以上、アップデートを繰り返しても勝つことは出来ないでしょう。アナタは機械を超えたのです、マム正子。』
色々と言っているが、詰まるところコールは敗北を認めたらしい。常にアップデートをする高性能アンドロイドであれば、回数を重ねれば先輩に勝つことが出来るのではないだろうか。
ともかく、決着がついた様なので正子先輩は席を立つ。
「かなり頭を使ってしまったよ。罰ゲームを考えている暇も無かった……。」
先輩はそう言いつつ、自身の鞄の中から小さな袋に包まれたチョコレートをひとつ取り出し、口に含む。
「あぁ、糖分が染み渡る……。」
彼女恍惚とした表情を浮かべながら、気持ちよさそうに首を傾けている。
「何だか危ないもの食べているみたいですね。」
「そんなことないよ。食べてみる?」
「いいえ、僕は結構です。」
チョコを差し出してくる先輩にノーを言い、僕はパソコンの前に腰を下ろした。
コールに敗北を自覚させた先輩の実力を、好みで感じてみたくなったのである。
「コール、僕とも五目並べしない?誤解勝負くらいで。」
『構いません。勝負をしましょう。』
コールも勝負に乗り、僕達は画面を挟んで向かい合った。
わざわざ言うことでもないかも知れないが、結果は惨敗。一度も勝利を得ることなく、あれよあれよと五連敗。正子先輩の実力を思い知りつつ、自身の不甲斐無さを痛感した一日だった。




