機械と移動手段
放課後の部室。この日は部長と正子先輩が向かい合ってトランプゲームに勤しんでいた。
ゲームの内容はババ抜き。わざわざ二人だけでやらなくても、僕を混ぜてくれても良いじゃないかと思ったが、二人には僕には分からないよもやまの事情があるのだろう。ここは静観して、勝負が終わった後にどうして二人でやっていたのかを聞けばいいだろう。
『マイフレンド優、手が止まっています。悩んでいるのでしたら、高性能アンドロイドであるワタシがアドバイスをさせて頂きますが……。」
パソコンから、抑揚の無い声が聞こえてくる。その声に対して、僕がは首を横に振る。
「いや、まだ大丈夫。少し余所見をしていただけだよ。えっと、九が重ねられるから……ここだね。」
僕はパソコンに向かってソリティアをしていた。パソコンからは自称高性能アンドロイドであるコールの声が聞こえ、時折聞いてもいないアドバイスをしてくれる。
数十秒の奮闘の後、何とかすべてのカードを表向きにすることが出来た。
『お疲れ様です。マイフレンド優ののタイムは百三十五秒、手数は百二十手でした。ベストスコアよりも劣った成績です。』
何の手心も無く、彼女は淡々と事実を告げる。僕のベストスコアは百十五秒くらいだった気がする。相当運が良かった時の結果なので再現性は一切ない記録だ。
『現在のハイスコアはマスター旭の八十六秒です。』
「勝てる気がしないね……。」
僕は溜息を吐きつつ、ソリティアのタブを閉じた。
春の日差しが窓から差し込んでおり、気温以上に暖かく感じる。
『マイフレンド優、次は何をやりますか?』
コールは普通のパソコンと同様のホーム画面を表示している。
「そうだね……。あ、来週提出の課題があったのを忘れてたよ。今のうちにやっておこうかな。」
独り言の様に話しつつ、足元に置いていた鞄を開く。そして、筆記用具と数学の問題集を取り出した。
「確か範囲はそこまで広くなかったから……。今日の内に終わらせたいね。」
『でしたら、問題が分からない時にはワタシにお尋ねください。途中式やグラフなどまで開設させて頂きます。』
「頼もしいね。分からない箇所は教えてもらうよ。」
僕はそう言って、ペンを走らせ始める。
ふと思った事があり、テキストに並ぶ問題を解きつつ僕はパソコンに向かって話し掛ける。
「ねぇコール?」
『はい、何でしょうか?』
「今週末に梅見会をする予定じゃない?」
『ええ。マスター旭の口によって、その開催が発表されましたね。ワタシは参加することが出来ませんが、是非楽しんできてくださいね。』
「そう、それだよ。」
僕は勢いよくパソコンの画面に指をさす。
パソコンの画面からは、抑揚は無いが戸惑ったような声が聞こえてる。
『それとは、どれのことですか……?』
「コールが参加できないってところだよ。提案者であるキミが参加しないのは、何か引っ掛かるんだよね。」
『はぁ。しかしノートパソコンとは言え、持って行くのは負担になるでしょう。一度学校に取りに来るか、前日に持ち帰る必要があります。』
「そうなんだよねぇ、どうしたものか……。」
何かいい方法は無いかと思いポケットに入れた携帯を取り出したところで、僕はひとつの案を思い付いた。
「ねぇコール?」
『はい、何でしょうか。』
パソコンの画面に向かって、僕は携帯を見せる。
「キミだけこの携帯に入って来ることは出来ないのかな?」
テザリングをする要領で、データ上の存在である彼女を移動させられないかと思ったのだ。
パソコンの画面上では、ロード中のような表示が出ている。失敗するとどうなるか、そもそも可能なのかも分かっていない提案だったので、判断はコールに任せる事にした。
数秒後、パソコンから綺麗な声が聞こえてくる。
『はい。マイフレンド優の所持する携帯と、このパソコンでデータを移動させることは可能です。すなわち、ワタシも移動することが可能です。』
「それは良かった。それで、どうすればいいのかな。」
『携帯とパソコンをコードでつないで頂くだけで大丈夫です。コードは恐らく、ワタシが置かれていた場所にあります。』
「了解したよ。」
僕は椅子から立ち上がり、ボードゲームが置かれた棚を漁る。
棚の中は一見すると物が多いように見るが、整理が行き届いている。将棋盤を横に避けてオセロ盤を外に出すと、部室では見慣れないコードを発見した。コードの先端をスマホに刺してみると、なんの抵抗も無く刺さった。
あとはもう片方の先端がパソコンに刺されば無事にデータ移行が出来るのだろう。危ない検索履歴は、事前に削除済みだ。
「コール、これであっているのかな?」
『はい。間違いありません。』
「それじゃあ、早速やってみようかな……。」
『どうぞ。』
僕は携帯とパソコンをコードで繋ぐ。
『データ移行中です。と言っても、ワタシが少し移動するだけですがね。』
彼女がそう言い終えたかと思うと、パソコンの画面がプツンと切れた。
何かの深刻なバグだろうか。彼女のデータが消えてしまったのではないだろうか。
根拠のない不安に駆られていると、僕の携帯から声が聞こえてきた。
『データ移行完了いたしました。ここが私の第二の住処ですね』
携帯の画面に、顔文字らしき記号の羅列が映る。顔文字は、笑顔を浮かべている様に見えた。




