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じゃんけん

「うぅ、うぐぐぐぐ……。」

扉を開けた僕の目に入って来たのは、パソコンの前に崩れ落ち呻き声をあげる先輩の姿だった。

 放課後の部室。正子(しょうし)先輩はいつもの様に読書に耽っており、先輩はパソコンと向き合っている。

「部長、何をしているんですか?」

呟く僕の声に反応したのは、正子先輩だった。

「おやおや(ゆう)君、遅かったじゃないか。てっきり、今日はもう来ないかと思ったよ。」

先輩時は本から顔をあげ、艶めかしい笑みを浮かべる。

「クラスの課題を集めていたら遅れたんです。それより、部長は何をしているんですか?見たところ、コールと遊んでいる様ですけど……。」

「あぁ、(あさひ)ね……。」

正子先輩は部長の方を一瞥して、困ったような笑みを浮かべる。

「あの子は今、じゃんけんをしているんだよ。コールを相手取ってね。」

「じゃんけん、ですか……?」

「そう、グーチョキパーの三択で勝敗を決めるあのじゃんけんだ。あの子は無謀にもプログラムに対してじゃんけんで勝負を挑み、連敗を喫しているのさ。」

「なるほど……。」

じゃんけんとは極論まで行くと三択の運勝負だ。ほんの少し運が傾いた方が勝つ、そんなゲームだと僕は認識している。

 しかしそれはあくまで人間同士の話であり、人間と機械であれば話が変わってくるものだろう。

「キミの言いたい事は分かるよ。優君。」

正子先輩は文庫本のページを捲りながら語り掛けてくる。物静かだが、自身に満ちた声だった。

「人間が機械に勝てるものなのか、そんなごく当たり前の疑問を抱いている。そうだろう?」

「ええ、まぁ。大体合っています。」

僕がそう答えると、先輩は満足そうに笑う。

「ふふ。そう言う状況だったからね。予想はつくさ。それでキミの疑問に対する答えだが、今のあの子の現状がそのまま答えになっているよ。」

先輩は文庫本を膝の上で広げたまま、右手の人差し指で膝を着いている部長を指差した。

「連戦連敗、ってことですか。」

「そう言うことだね。そもそも、人間がじゃんけんをする時、必ず指を動かさなければならない。その動作に掛かる時間が一秒だとして、アンドロイドであるコールにとってその時間は永遠にも等しい時間じゃないかな。なにせ彼女は一瞬の内に様々なデータを照らし合わせ、最適解を導く高性能アンドロイドなのだから。」

「コールのこと、随分と評価しているんですね。」

「彼女とチェスをした結果、認めざる負えなかっただけさ。」

先輩は溜息交じりにそう告白する。先輩のゲームの腕前は目覚ましいものがある。そんな彼女と高性能アンドロイドの一局であれば、是非とも見物したかったものだ。

 正子先輩は大きく息を吐き、話を本筋に戻す。

「つまり何が良い対価と言うと、コールの性能を駆使すればコンマ数秒差の後出しも可能だし、旭の傾向を解析して百パーセントに近い予測を立てることが出来るって訳さ。普通の人間には到底勝ち目のない勝負だよ。」

冷たく言い放つ先輩に、僕は次の疑問を口にする。

「それじゃあ、部長はどうして負け戦に挑んでいるんですか?」

「それは本人に聞いてみる事だ。私は物語の世界に戻らせてもらうよ。」

言い終えると、彼女は文庫本に目線を戻してしまった。物語の世界に戻るという発言は、まるで現実逃避している様に聞こえてしまうが敢えて言うことでも無いだろうか。

 兎も角、気持ちを切り替えて項垂れている部長の元に歩み寄る。

「あのう、部長……?」

「ん、あら優君。来ていたのね。少し遅かったじゃない。」

部長はケロリとした様子で僕の顔を見上げてくる。

 穏やかで明るい声。先程までの緊迫した様子は、そういう演技だったのだろうか。

「僕は課題を集めてて……。そんな事より、部長はどうしてコール相手にじゃんけんなんかしているんですか。」

「ふっふっふ……。それには丘より低く、川より浅い理由があるのだよ。」

「つまり何てことない理由ってことですか。」

浅い川でも雨で氾濫した時は危ないが、そう言う話はしたいない。

 部長はスッと立ち上がり、スカートの膝辺りをパタパタと叩きながら口を開く。

「いやね、今日の授業中にふと思ったのよね。機械相手にじゃんけんをして、果たして勝てるのかと。」

「本当に大したことない理由でしたね。それで、放課後になったからその疑問の解消に向かった訳ですか。」

「そう言うこと。」

「それで、結果はどうでしたか?いや、言わなくても大体わかるんですけど。」

「最初の数回は五分五分だったわ。でも十回を超えたあたりから連敗だったわね。」

「あれ、数回は勝てたんですね。てっきり、コンマ数秒差の後出しで全勝しているものかと……。」

『失敬な。人間との関りを重視するワタシが、後出しなどという卑怯な事をやる筈がありません。』

突然パソコンがほのかに点滅したと思うと、抑揚の無いが声が聞こえてきた。

 機会に感情の類があるかは未だに定かではないが、不服そうな言葉だ。コールは人間の年齢だとまだ幼い。真っ白な画面の向こうではふくれっ面をしているのかも知れない。

『マスター旭は選択肢が読みやすく、予測が立てやすかったです。』

「言ってくれるわねぇ……。」

苦笑いをする部長の前で、パソコンの画面が誇らしげに光っていた。

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