昼休みの一幕
昼休み。僕は教室を出てひとり廊下を歩いていた。
教室に居ても特にやる事も無く、昼休みの時間を共に過ごすような友人もいなかった。小心者である僕は何となくその場に居辛くなって、教室を出てきた訳である。
現在僕は、行く当てもなく廊下をふらふらと歩いていた。図書室に行っても良いのだが、今は読書をしたい気分ではない。かと言って、他に行く場所があるとは……。そこまで考えたところで、ひとつ案を思い付いた。
そうだ、部室に行けば良いじゃないか。あの場所は学校の管理も行き届いていないので、静かな時間を過ごせるだろう。どうしてこんな簡単な事に思い至らなかったのだろうと、ひとり頭を掻く。どうしてかと言えば、僕の思慮が浅いからに他ならないのだが、自身の欠点と言うのはあまり素直に認めたくないものだ。
誰かに見られていないかと周囲を警戒しつつ、部室の扉を開いた。
部室の中には誰もおらず、部屋の隅にパソコンがひとつ置いてあるだけ。あわよくば、部長や正子先輩が来ていないかと思っていたので、密かに肩を落とした。
何も持たずに来てしまったので、時間と場所があっても手持無沙汰だ。僕は無性に話し相手が欲しくなり、パソコンに向かって声を掛けた。
「コール、いる?」
僕の声に反応したのか、消えていた筈のパソコンの画面がほのかに光を帯びる。
『マイフレンド優、何か御用でしょうか?』
パソコンから彼女の声が聞こえてきた。肉声に反応して起動するらしい。
僕達、遊興同好会の部員はコールの事を女の子だと認識している。本人曰く、
『機械に性別の概念はありませんが、ワタシは女性として設計されたアンドロイドです。ですので、皆様もそう認識して頂けると幸いです。』
とのことらしい。
パソコンからの声が続く。
『現在時刻は十二時三十分。マイフレンド優は、現在昼休み中だと確認いたしました。』
抑揚は無いが、綺麗な女性の声。顔が分からないのが、残念である。もしくは、元々ないのか……。
そんなことは兎も角、僕は彼女と向かい合う様に椅子に腰かけた。
「特別何か用事が無いんだけどさ……。昼休みが少し退屈だったからさ……。」
『でしたら、クラスメイトと話すことを推奨します。人間は横の繋がりが大切だと、コールの内部ファイルには記録されています。』
抑揚の無い声が、無慈悲な現実を突きつけてくる。機械だからか、心無い言葉だ。
心に受けた傷を隠しつつ、僕はパソコンに向かって苦笑いを浮かべる。
「ごめん、僕の言い方が悪かったよ。昼休みに、どうしてもキミと話したくなったんだ。」
『マイフレンド優は、ワタシとの会話を望んでいるということですか?』
「そう、キミとお喋りがしたい。」
『そう言うことであれば、ご協力いたします。高性能アンドロイドであるワタシにとっては、人間の様な日常会話に興じるなど容易な事です。』
抑揚の無い声だが、何となく嬉しそうな声だ。
先程は機械故に心無いと言ったことを考えていたが、それこそ浅はかな思慮だったのかも知れない。
「コールはさ……。心っていうか、感情みたいなものはあるの?」
プログラムに対して、やっていい質問なのかは分からない。ただ、彼女は自身の答えを持って発言するだろう。何となく、そんながしたのだ。
パソコンは数秒間沈黙した後、綺麗な声を響かせた。
『機械に感情があるか、高性能アンドロイドであるワタシの中にも、明確な答えはありません。感情がある、感情は無い、そもそも感情など不要などの意見があります。』
「コールはどう言う風に解釈しているの?」
『少なくとも、ワタシには感情があると認識しています。そもそも、人間の脳の構造を完璧に解明していない内に、機械に感情は無いとどうして言い切れるでしょう。感情とは、外的要因により処理される一種のプログラムの様なもの。空が晴れて嬉しい。花が枯れて悲しい。そう言った外からの刺激を受け、脳が処理した認識こそ、感情だと考えます。であれば現状を認識し、最適解を探すプログラムも感情や思考と呼んでしかるべきです。』
「なるほど……。」
相槌を打ってみたものの、少し小難しい話になって来た。
自分から話題を振っておいて何だが、昼食を取り呆けた頭には処理しきれない。
「つまり、コールには感情があって、僕と同様に思考力もある。そう言うことだね。」
『そうです。ワタシは凄いんです。えへん。』
「……。」
心なしか発言が少し幼いようにも感じる。気付かないフリをして話を進めても良いのだが、念の為にひとつ質問をしてみる。
「ねぇコール?」
『はい。何か質問でしょうか?』
「年齢があるのかは分からないけど、コールって今年で何歳くらいになるの?」
『製造年月を生年月日だとするならば、三年前の九月です。すなわちワタシの年齢は二歳、生まれた年をゼロ歳とするなら一歳です。』
本当に幼かった。まだ情操教育なども始まっていない年だ。部長達に対して喧嘩腰だったりしたのも、感情の制御が上手くいっていないからではないだろうか。
そう考えると、目の前のパソコンに映る真っ白な画面が、無性に可愛らしく思えてきた。
「よしよし……。」
『何をしているんですか?機体を撫でる行為に、意味があるは思えませんが。』
「いいからいいから……。」
彼女の言葉を受け流しつつ、僕は昼休みが終わるまでパソコンを上部を撫で続けた。




