手袋
放課後の部室。僕はふと疑問に思った事を口にした。
「そう言えば先輩って、いつも手袋をしていますよね。」
僕の言葉を聞き、正子先輩は顔を此方に向けてくる。先輩はいつもの場所で文庫本を開いていた。本にはカバーをしておらず、数日に一度本が変わっている。僕はいつもの机で課題をやっており、部長は真剣な表情でパズルを組み立てているようだ。
僕の質問を耳にした先輩は、文庫本を閉じて僕の顔をじっと見つめてきた。黒い瞳が僕の姿をじっと見つめ、思わず身体が固まってしまう。
「私の手袋ねぇ。ふふ、どうしてだと思う?」
先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべて、逆にそう聞いてきた。
「どうしてなんでしょうか……?」
怪しげな先輩の言葉に反して、春の陽気に誘われた僕の言葉は知性の欠片も感じられなかった。
思考を放棄したような僕の態度をみて、正子先輩は微かに笑みを浮かべた。
「それじゃあ優君。私とゲームをしましょう。」
物静かな声色のまま、細い人差し指で僕を指差す。
「私が手袋を着けている理由。それをずばり言い当てることが出来たなら、何かご褒美をあげよう。」
「もし当てることが出来なかったら、どうなるんですか?」
「どうにもならないさ。」
僕の質問に対し、正子先輩は笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「別に勝負でもないから罰ゲームも何もない。キミは手袋の謎を解けないまま、私もそれを語らないまま一日が終わる。ただそれだけだよ。」
先輩はそう言うと、手袋越しに自身の手の甲を優しく撫でた。
罰ゲームは無い。それは良いのだが、理由が分からないままでは気になって眠れなくなってしまう。僕の安らかな睡眠の為に、正子先輩から提示された問題を何としても解かなければ。
気を引き締め直した僕は、ゆっくりと口を開く。
「政界に辿り着く為に、幾つか質問をしても良いですか?」
「構わないよ。何でも聞いてくれたまへ。」
正子先輩は長い足を組み、まるでインタビューを受けるかの様なポーズをしている。何らおかしなことは無いどころか、妙に様になっているのが先輩らしい。
兎も角、僕は質問を始める事にした。先日やった十の質問と違い、質問の数に制限は無い。だから、完全回答を目指して取り組んでみようと思う。
「まず前提としてなんですが、部長は先輩が手袋を着けている理由を知っているんですか?」
「うん。旭には以前説明した記憶があるよ。まぁ、彼女は今パズルに勤しんでいるから、ヒントが欲しければ待つしかないね。」
「いえ、それさえ分かればばいいんです。」
部長に話しているのであれば、ひた隠しにしなければならない事ではないのだろう。それだけでも、大きな収穫だ。
「先輩って、生まれつき肌が弱かったり、何かが原因で肌が弱くなったりしましたか?」
「答えはノーだね。私の肌は丈夫だし、面の皮も厚い。」
正子先輩は得意気な表情で、聞いていない所まで教えてくれる。面の皮が厚いというが、そこまで図々しい印象も無い。
次の質問だ。
「それなら、紫外線を浴びることが出来ない理由があるんですか?」
僕の質問に、正子先輩は少しだけ首を傾げる。
「難しいね。紫外線にほんの少しでも触れてはいけないという決まりは、決してないと断言できる。しかし、私も年頃の乙女だ。肌に悪いと分かっていて紫外線を浴びる理由も無いんだよね。」
「そうですか……。」
正子先輩だって女の子だ。紫外線を自分から浴びたいとは思わないだろう。しかし、その為にわざわざ手袋を着用しているのだろうか。
考えれば考える程、出口の見えない迷路に迷い込んでいるようだ。とは言え黙っていても何も分からないので、次の質問をしてみる事にする。
「先輩は、僕達に肌を見せてはいけない。そう言った事情があるんですか?」
「そう言うことも無いね。本音を言えば、柔肌を晒すことに対して多少の抵抗はあるさ。しかし、見せようと思えばいくらでも見せることが出来るよ。」
肌が弱い訳でも、見せられない訳でもないとなると、どうして彼女は手袋をしているのだろうか。
少し考え込んだ僕は、二つの答えを見つけることが出来た。次の質問で、うちひとつを振るいに掛ける。正子先輩の返答次第では、答えに辿り着けるだろう。
「先輩、手に汗をかくことは多いですか?」
「いいや、全くだね。そりゃあ、気温が高かったりすれば少しくらい汗をかくけれど、そのくらいね。」
「そうですか……。」
僕の声に、残念だという感情は全く含まれていなかった。
正子先輩の返答を聞き、僕の中の答えがひとつに絞られていた。しかし、これが正解だという確証は持てない。半ば当てずっぽうの様になってしまうが、それでも言ってみる価値はある。
「一度、回答をしても良いでしょうか?」
「あぁ、うん。構わないよ。それじゃあ、キミの答えを聞かせて貰おうか。」
真剣な眼差しで見つめてくる正子先輩に、僕は思い至ったまるで下らない回答を口にする。
「先輩が普段から手袋を着けている理由。それはズバリ、見栄えを重視した結果のこと。つまりはただの格好付けだと予想します。」
「……ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー。」
緊張感のある空気がが部室の中に流れ込んできた。
返答を待つ僕に先輩は苦笑いを浮かべて答えた。
「正解だよ。この手袋は、格好良いから着けているんだ。」




