味覚の平均値
昼下がりの中華料理屋。食事を終えた僕達は、テーブル席に座り談笑していた。
店内に僕達以外の客はいなかったので、多少のお喋りなら大丈夫な様に思えた。勿論、追加注文でアイスクリームをひとつずつ頼んでいる。
「そう言えば二人に話そうと思っていたことがあるのよね。」
アイスをスプーンですくいつつ、部長は僕達の顔を見た。
「なんですか?」
「最近の子ってさ、ピーマンやトマトが苦手って言わないのかしら?」
「突拍子もない話題だね。何のきっかけでそんな事考えたんだい?」
「前にテレビでそう言う趣旨の番組をやってたのよ。全国の小学生が苦手な食べ物ランキングみたいなの。」
そんな番組があったのかと言う関心と、部長も最近の子でしょうという突っ込みを、僕はアイスと共に噛みしめた。冷たさが口内に広がり、側頭部がジンと痛くなった。
密かに顔を顰める僕を他所に、部長は話を続ける。
「緑黄色野菜が苦手な子ってあまり聞かなくなったけどさ、エビとかカニみたいな甲殻類が苦手だって話はよく聞くじゃない?」
「確かに。甲殻類は結構好みが分かれるよね。お魚と比べて海の香りが強いから、それを魅力と捉えられるかどうかじゃないかな。因みに私はエビもカニも好きだよ。」
正子先輩はコップに注がれた水を飲みつつ、すまし顔で言う。
好き嫌いが無いことは素晴らしいが、高校生になってもそれで得意気になるのは少々可愛らしい。
「ところで、旭や優君は自分の味覚に自身はあるかな?私は結構自信アリだよ。内蔵系の料理が少し苦手なだけで、割と平均値に近いと思っているよ。二人はどう?」
先輩の質問に対し、部長は苦笑いを浮かべる。
「私はあまり自信が無いかも……。基本何でも食べるのだけど、ナスが少し苦手なのよね。」
以外だと思いつつ、僕も続く。
「僕はどちらかと言えば平均よりだと思います。苦手食べ物は、鳥の皮ですね。あの嚙み切れない感じがどうも……。」
「へぇ、お肉や魚が苦手って言う人はいるけど、皮だけ苦手って言うのも何だか珍しいわね。内臓料理なんかは、甲殻類同様好みが分かれてきそうだけど……。」
部長はそう言ってスプーンの先端をこちらに向けてくる。少し行儀が悪いが、此処にそれをとがめる人はいない。
アイスを食べ終えた僕達は、容器をテーブルの端に置き話を続ける。
「逆に、好きな食べ物とかあるかしら?先に行っておくと、私が好きなのは焼き魚と煮魚、お刺身も好き。」
「何と言うか、渋いですね……。」
「えへぇ、それ程でもないわよ。」
「いや、褒めてはいないんですが……。まぁいいや、僕はうどんと天ぷらが好きです。アツアツのかけうどんに、エビやナスの天ぷらを浸して食べるのが最高ですね。」
「キミも大概、人のこと言えないじゃないか。」
先輩は呆れた顔で、僕の顔を見つめている。確かに焼き魚を渋いと言っておいて、自分はうどんに天ぷらでは何と言うか矛盾の様なものすら感じる。
「そう言う先輩はどうなんですか?」
「私はねぇ、好きな食べ物と言われても思い浮かばないんだよね……。」
先輩は顎に手を当て、天井を見上げる。まさに知的な女性と言った感じだった。
暫く沈黙した後、先輩は何か思いついたのかパンッと両手を合わせた。
「ひとつあったよ。好きな食べ物。」
「それだけ考えて導き出した好物って、何だか信憑性薄いわよね。」
部長はテーブルに片頬をつき、冷めた視線を向ける。先輩はそんな視線を他所に話を続ける。
「普段から食に関心がある訳じゃないからね。いざ好きな食べ物と聞かれたら、回答に困ってしまったんだよ。兎も角、私はパスタが好きだね。カルボナーラやペペロンチーノ、種類問わずに好んで食べるね。」
「ハイカラですね。」
「パスタが好きなだけでハイカラかどうかは分からないけど、どうもありがとう。」
先輩は笑みを浮かべて、コップに水を勢いよく飲み干した。
部長も水を飲み干して、ゆっくりと席を立つ。
「さてと……。もういい時間だし、そろそろ行こうかしら……。二人とも忘れ物は無い?」
「私は大丈夫だよ。」
「僕も大丈夫です。」
「よろしい。ここの会計は私が出すから、素晴らしい部長に感謝を感じておきなさい。」
部長は財布を取り出して、レジに向かっていった。
僕と先輩は顔を見合わせて、無言で頷き合う。
「ご馳走になります部長。」
「いつも感謝しています部長。」
「白々しいわね。正子は敬語なんか使ってさ、何がいつも感謝なのか……。」
部長はぶつぶつ言いながらも会計を受け持ってくれた。今度、何かお礼をすることにしよう。
帰り道、僕は数歩前を歩く部長の横に駆け寄り声を掛ける。
「そう言えば僕達、昼間から制服で飲食店に入ってお喋りしていたじゃないですか。」
「そうね。」
「学校の関係者に見られたら怒られません?」
「大丈夫よ。」
部長は即座にそう答えた。
「怒られるのには慣れているから。」
彼女の言葉に安心しかかっていた僕は、思わずずっこけてしまった。
「そう言う問題ですか?」
「そう言う問題よ。」
「僕、先生に怒られるの慣れていないんですけど……。」
「これから慣れれば良いのよ。」
僕はガクリと肩を落とすが、部長は動じずに歩みを進める。置いて行かれまいと僕は慌ててその背中を追いかけるのだった。




