じごうじとく
尾を引いていた暑さがようやく身を顰め、秋を感じるようになった今日この頃。僕の通う私立青丈高校では、二学期中間テストが行われている。
大まかな日程として、十一月の初めに中間テストがあり月末には期末テストがある。この辺りはテスト同士の期間が短いこともあり、内容は狭く深い。勉強が苦手と言う訳ではないが、決して得意と言う訳ではない僕にとっては厳しい時期だ。
今回の中間テスト。ある程度勉強はしていたが、あまり手応えが無かった。感覚としては、暖簾に腕押しと言う言葉がぴったりだろうか。三限目までテストを終えると、ホームルームをして午前中で解散。
教室を出て、部室へと向かう僕の足取りは重かった。恐らく今回の、少なくとも今日のテストの結果は芳しくないものだろう。他のクラスメイトが早々に帰宅し勉強に取り組む中、ひとり部室に赴き楽しい時間を過ごす事への後ろめたさの様なものを感じていた。
僕は部室の扉を開いた時には、部長と先輩は普段通りの場所で思い思いに過ごしていた。
「優君お疲れ様。テストはどうだったかしら?」
トランプタワーを作っていた部長は、僕を見るなり明るい声でそう聞いてきた。
「正直、あまり自信はないですね……。」
僕はそう答え、いつもの席に腰を下ろす。何をしようかと思ったが、何をする気も起きない。取り敢えず、明日のテストに向けて勉強でもしてみようか。
机の上にテキストを広げる僕を見て、部長は横から声を掛けてくる。
「あら優君、予習かしら。それとも復習かしら。」
「予習ですね。明日のテスト勉強です。」
「ふうん、真面目なのね。」
部長はそう言うと、再びトランプタワーに目を向けた。
少しぶっきらぼうな言い方になったしまったかと、言い終えた後で反省する。自業自得なのだが、テストの答案に手応えが感じられずに心が少し不安定になっていたのかも知れない。
訂正しようかと思ったが、どう声を掛けたものか分からず勉強を始める事にした。現代語は、読書をして活字に慣れているお陰でそこまで苦にならない。問題は英語だ。単語は暗記でどうにかなるのだが、文法の問題になると一気に雲行きが怪しくなり、長文問題でとどめを刺される。
時折乱雑に頭を掻きつつ、テキストの問題を解き進める。傍から見たら機嫌の悪い学生に見えるのだろうか。気分が落ち込んでいる所為か、捗らないし糧になっている気がしない。
テキストを片付けようとも考えたが、何をしたものか分からない。机の前でひとり途方に暮れていると、背後から声が聞こえてきた。
「優君、少し私に付き合ってくれないかな?」
背後を振り向くと、正子先輩が腕を背後で組み僕をじっと見ていた。
「先輩……。」
「うん。可愛いキミの先輩だよ。」
僕の呼び掛けに対し、先輩はにこりと笑みを浮かべた。
上手くいかず不安定になっていた僕を気遣ってくれたのだろう。部長も口には出さないが、僕の表情や受け答えから察してくれていたのだと、ようやく実感する。
二人の気遣いに目頭が熱くなるが、いつまでも黙っている訳にもいかない。
「僕も、勉強はここまでにしておこうと思っていたんです。ありがとうございます。」
そう言って僕は席を立つ。先輩は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それで、僕に何か手伝える事があるんですか?それとも、何かゲームの相手でも……。」
「前者の方だね。キミに手伝って欲しいことがあるんだよ。」
先輩はおもむろに、一冊の本を見せてきた。その表紙を見て、僕は口を開いた。
「クロスワード、ですか……?」
「そう、クロスワード。今朝立ち寄ったコンビニで妙に目についてね。それで、少し分からない所がったんだよ。ほら、ここ……。」
先輩が端を折り曲げていたページを開き、ひとつの問題を見せてくる。
「えっと、『お』から始まるスイスの音楽……ですか?」
「そうなんだよ。私はスイスの音楽どころか、海外の音楽全般に疎いからね。さっぱり見当がつかないんだよね。」
先輩は困った笑みを浮かべ、乾いた笑い声を発した。
先輩にも不得手なことがあるのだと思ったと同時に、出されていた問題の答えに思い当たる節があった。
「先輩、その問題の答えって何文字ですか?」
「えっと、六文字だね。優君、もしかして答えが分かったの?」
先輩は期待に満ちた眼差しで、僕の顔をじっと見てくる。これで間違えてしまったら恥ずかしいなと考えつつ、僕は口を開いた。
「多分これ、『おぉブレネリ』じゃないですか?ほらあの……。」
僕は有名なサビの部分を口ずさんで見せると、先輩はそれだと僕の顔を指差した。
「それだよ優君。流石、優秀な後輩だよ。ここだけが分からなくてさ、でも答えを覗くのも何だか負けた気がするし……。」
答えが分かってスッキリしたのか、上機嫌に僕の背中を叩いてくる。
「いやぁ、良い後輩を持ったものだ。」
「大袈裟ですよ。そんなに褒められたものじゃあないです。」
「謙遜しなくていいよ。」
僕と先輩は手を取り合って小躍りする。
そこまでは良かったのだが、はしゃいでいた先輩の腕が部長の背中に触れた。その拍子に部長の身体が丁寧に積み上げられたトランプを崩す。
長い時間をかけて作られたトランプタワーは一瞬にして崩壊し、カードが床に散らばった。
「……優君、正子?」
「ち、違うんだよ旭。これはワザとじゃなくて……。」
部長は張り付けた様な笑みを浮かべて、僕と先輩を見降ろす。
この日、テストに対しての憂鬱さは無くなったが、先輩共々大きな雷を落とされてしまった。




