ハッピーハロウィン
「トリック・オア・トリート。」
放課後、部室の扉を開けた僕に向かって部長と先輩は高らかにそう言って来た。
「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞぉ。」
僕に詰め寄って来る部長に対し、ふとした疑問を口にする。
「お菓子くれなきゃとは言いますけど、お二人ともなんの仮装もしていないじゃないですか。」
僕の言葉に、部長は不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ……。時に優君、今日は何の日か知っているかしら?」
「ハロウィンでしょう。そのくらい知っていますよ。」
僕はどれだけ世間に疎いと思われているのか。少々不服に思ったが、口には出さなかった。
僕が部室の入り口に立ち竦んでいると、先輩が口を開いた。
「ハロウィンを知っているなら勿論、日本式のハロウィンも理解しているよね。仮装した人が玄関に立ち、お菓子をくれなければ悪戯をするぞと言う。そうしてお菓子を貰うと言う催し事だ。」
「ええ。勿論知っていますよ。」
「それを私達遊興同好会なり楽しもうと言う訳だ。簡単に言うと、ゲームをして勝者がお菓子を貰えて敗者が悪戯を受けるんだ。」
「普段の罰ゲームにお菓子が付いてくるって感じですか?」
「まぁそんな感じだね。」
先輩はそう言うと、僕をいつもの席に座らせて隣に腰掛けた。部長はいつの間にか僕の正面に座っており、慣れた手つきでトランプを混ぜていた。
そんなこんなでトランプを三人分配り終え、ゲームの準備が完了した。
「勝負は一回勝負。ババ抜きで良いかしら?」
部長は僕達を交互に見て、そう聞いてくる。
「私は構わないよ。優君もそれでいいかな?」
先輩は部長の言葉に賛同すると、僕の方に目を向けた。
「ええ、僕も賛成です。」
僕も頷くのを確認し、部長はもうひとつ確認してくる。
「悪戯を受けるのは、最下位の人だけで良いわよね?最下位の人が、一位と二位から悪戯を受けるって感じで……。」
「良いと思うよ。」
「僕もそれで構いません。」
僕達はルールを確認し合い、いざ勝負を開始する。
順番は部長から僕、僕から先輩とカードを引いて行く。初めの方は穏やかな雰囲気で進んでいたが、カードが少なくなっていくにつれて僕達の間に緊張した空気が流れ始めた。
「そろそろ本番かしら?」
そう呟く部長の目は、真剣なものになっていた。
三人とも次第に口数が少なくなっていき、終いには無言になってしまった。
最初にカードが無くなったのは、先輩だった。
「これで上がりだね。旭、優君、お先に失礼するよ。」
「むむむ……。ババ抜きなら正子に勝てると思ったんだけどね……。」
部長は一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔をして僕の方に目を向けた。
「さて優君。さっさと決着をつけましょうか。」
「臨むところです。部長に悪戯をしてやりますよ。」
お互いに強気な姿勢を見せて、勝負を再開する。
僕達の手持ちのカードは合計三枚。部長が一枚で僕が二枚、僕の手札の一枚がジョーカーである。部長がカードを引いて、ジョーカーを引けば勝負が継続、数字が記されていたら僕の敗北である。
「これがラストターンだと言いたいわね……。」
「僕はそうならないことを祈っておきますよ。」
部長はゆっくりと手を伸ばし、二枚のカードの内一枚に人差し指を当てる。
「これにしようかしらね。優君はどう思う?」
「うーん、まぁ良いんじゃないですか?」
部長が触れているカードはジョーカーではなかったが、僕は敢えてそう言ってみる。心理戦と言うか、ブラフの様なものである。
部長は少し考える素振りを見せて、口を開いた。
「まぁジョーカーでもゲーム続行するだけだし、引いてみようかしら。」
そんな頼もしい発言と共に、部長は数字が記されたカードを引き抜いた。僕の手に残されたのは、ジョーカーが一枚のみ。こうして僕の敗北が確定した。
何だか部長や先輩と勝負をする時、その殆どで敗北を喫している気がする。僕が弱いのか、二人が強すぎるだけなのか。
項垂れる僕を他所に、二人はひそひそと話し合う。
「さて、どんな悪戯をしようか。旭、何か良い案はないかな?」
「うーん。文化祭の時に、一年生に顔を売ってきたのよね。だから、私が一年生の男の子と付き合っているって噂を流してみようかしら。」
「良いね。それなら、旭と付き合っている一年生は私とも関係を持っていることにしようか。」
恐ろしい提案をする二人に、僕は恐る恐る声を掛けた。
「あのぅ、出来れば尾を引く様な悪戯はやめて頂けると……。」
「えー。」
「どうしようかなぁ……。」
ニヤニヤと笑う二人に、僕は懇願するように頭を下げた。
「本当にお願いします。僕の今後の学校生活の為に……。」
頭を下げたことが良かったのか、二人は仕方がないと言って引き下がった。
その後二人は僕に聞こえない様に話し合い、五分ほどして僕の方に向き直った。
「優君お待たせ。早速だけど、悪戯をしても良いかしら?」
「ええ。逃げも隠れもしませんよ。」
「ふふ。良い心掛けね。」
部長はそう言うと、座っている僕の前髪を上にあげて解放された額に自身の唇を当てた。
驚いて額を抑える僕に、部長は照れ臭そうに笑い掛けた。その直後、首筋に鋭い痛みが走る。
慌てて振り向くと、先輩が満足そうな表所で口を拭っていた。首に噛み付かれたのだろうか。どうしてそんなことをしようと思ったのか、気になったが聞く気にはなれなかった。




